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【ごはんのはなし。第4話】曲げわっぱの優越感

職場へ弁当を持っていく日々が続くと、「正直タッパーみたいなものでいいかな。軽いし」という気持ちになってくる。

実際に私も、メインで使っているのは100円均一のタッパー弁当だ。しっかり密閉してくれる上に、私は食べ終わったら職場ですぐ洗うので、におい移りもしていない。

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容量もそこそこあるので、男の昼食としても十分なほどの量となる。カバンにも入りやすく、非常に重宝しているし、これからも使い続けようと思っている。

ところで私は、自分でいうのも恥ずかしいが、とてもミーハーなところがある。中学生時代に、ギターを始めたもの、当時ヒットチャートを賑わせていたGLAYのBELOVEDが弾きたいだけだけというミーハーっぷり。(周りには「ニルヴァーナのカートコバーンに憧れて」と言っていた)

そんなミーハーな私が、弁当界イチの丁寧さを誇る「曲げわっぱ弁当」を見逃すわけがない。もちろん、弁当としての機能的にも優れているのはわかっている。しかし私を突き動かしたのは、そう、ただのミーハー心である。

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麦ごはんに梅干しという、丁寧に丁寧を重ねる丁寧っぷりである。

私は普段のランチタイムは、基本的にひとりで食べるのだが、この曲げわっぱ弁当を持参した日は、「さあて、弁当でも食べますかね」と大げさに言って、周りの注目を集めたりする。

その理由はたったひとつ。曲げわっぱ弁当であることをアピールし、優越感にひたるためだ。

曲げわっぱ弁当を見た人は、多くの確率で「いいお弁当ですね!」と言ってくれる。カップ麺やコンビニ弁当を食べる20代の後輩は「オレのとは大違いですね」と言い、定食屋さんから帰ってきた先輩は「そういう弁当だったらオレも太らないのになあ」という話をしたり。

優越感が心地いい。

日本の伝統工芸品を、己の自尊心や優越感のために使っていることには少しだけ後ろめたい気持ちはある。

そもそも、曲げわっぱ弁当は、美しい見た目もさることながら、その機能性を評価するのが、料理に携わる者としてのたしなみではないかとも思う。

ヒノキ素材のため、時間がたってもごはんを美味しく食べれられるとか、通気性があるためごはんが蒸れないとか、木の香りを楽しめるとか、そういう良さを感じるのが、本来の愉しみ方である。

そのことを踏まえて、曲げわっぱ弁当を使う理由を改めて考えてみたが、やはり出てきた答えはひとつだった。

優越感にひたりたい。ただそれだけだ。

(終)


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会社員兼 レシピ本制作者/絵描き/物書き/北海道うまれ函館育ち