【第一話無料公開】『吾輩は歌って踊れる猫である』【講談社タイガ】
第一話 吾輩は猫ではない
1)
敵が構えているのはライトセーバー、ぼくに渡される武器はトイレットペーパーの芯。
敗北感をひたすら味わうだけのステージをプレイしている。
そのゲームのタイトルは、人生という。
◇
幼稚園のころ。ぼくは絵を描くのが得意で、両親もよく褒めてくれた。
だけど隣の組にいた子がプロ顔負けの精緻な花をクレヨンで描き、先生のみならず周囲の人々を驚かせた。
小学生のころ。リトルリーグに入団したぼくはチームの中で誰よりも長く練習し、六年生になってようやくスタメンになることができた。
だけどぼくよりも遅くに野球をはじめた同級生は、四年生のうちからスタメンだった。
それでもぼくは努力した。
中学生になるとゲームやマンガはもちろん、友だち付き合いすら捨てて猛勉強した。県内屈指の進学校に入り、そこで都内の名門大学を目指す。遊びほうけているバカとは違うのだと、証明してみせると。
結果はどうだった?
受験日当日に風邪を引き、三年間の努力はあっさり無駄になった。そのうえ受験間近になって勉強をはじめた隣の席のバカは、ぼくが目指していた高校に合格した。
天才はあっというまに凡人を追い越していく。
世の中の厳しさを教えるために。
考えようによっては、運がよかったとも言える。
人生[ゲーム]での勝利を、早めに諦めることができたのだから。
◇
サカナクションの弾むようなメロディにあわせて、高々と積みあがったあんパンのタワーが押し寄せてくる。カタンカタンと揺れたり震えたりしながら、際限なく。
群馬のしょぼくれた食品工場から安さが売りの新宝島――すなわちコンビニやスーパーに旅立っていく彼らを仕分けするのが、ぼくに与えられた役割だ。
職場では作業の効率を上げるために有線放送が流れていて、頭の中に様々な音楽を植えつけていく。米津玄師、西野カナ、きゃりーぱみゅぱみゅ、ミスターチルドレン、ゆず、スピッツ、宇多田ヒカル。国内のヒットチャートばかりかと思えば、ビリー・アイリッシュやジャスティン・ビーバーが流れ、かと思えばビートルズやニルヴァーナが流れはじめる。
音楽はいい。時給千円のフリーターだろうと、誰にでもできる簡単な仕事しか与えられていないとしても、数多のミュージシャンが奏でる名曲を聴いているときだけは、ぱっとしない現実をつかのま忘れることができる。
不毛な夜勤を終えたあと。チャリをこぎつつダフトパンクを再生すれば、ど田舎の農道はネオン煌めくサイバーシティに早変わり。家に帰って湯船の中。労働の疲れを癒しつつビートルズの曲を口ずさめば、ジョンやポールを連れて黄色い潜水艦に乗りこむことができる。あとは布団にダイブするだけ、夢見心地のまま一日のライブが幕をおろす。
変わり映えのない日常を生きていたとしても。
取るに足らない人間だろうと。
音楽を聞いているときだけは、世界は劇的で、ぼくは特別な存在だ。
◇
日常をおびやかす音楽というのもある。お気に入りのミュージシャンがいるなら当然嫌いなミュージシャンもいて、そんなやつの曲が売れに売れてCMや有線放送で延々流されようものなら、逃れようのない地獄がこの世に現れる。
やめろ、やめろ。お前の歌声なんて聴きたくない。
平日のコンビニでそんなことを叫んでも不審者扱いされるだけだし、店の前でたむろしている女子高生たちが話題にしていたところにじろりと視線を投げたとしても、うわなにあいつキモとささやかれて脱兎のごとく逃げだすはめになるだけだ。
季節は三月、春休みも間近だから浮かれているのだろう。でなければ思春期の気の迷いとはいえ、軽薄の極みのようなミュージシャンにああも心酔するとは思えない。
ぼくはぶつぶつと呪詛を吐きながら、通りすがりのにゃんこに手招きをする。
昔から動物とばかり戯れていたおかげで、初対面の猫ちゃんだろうと簡単になでることができる。野良猫が相手なら「いつまで実家で親のすねをかじっているの?」と手痛い質問をぶつけられる心配もないから安全だ。
そうして帰宅すると、母親が「モニカちゃんが失踪した」と話しかけてきた。
ぼくは苦虫を噛み潰したような顔を取り戻して、「知っているよ」と返す。
朝にはネットで流れていたし、コンビニの前にいた女子高生たちも話題にしていた。
藤見萌仁香ことMO2CA。
今や米津玄師やあいみょんなどと並ぶ人気ミュージシャン――彼女がスタジオに顔を出さぬまま、行方知れずになったというニュースである。
「どうせバックレだろ」
「やけにあっさりした反応ねえ。心配じゃないの?」
「そりゃファンからしたら大騒ぎだろうけどね。前だって無断でバカンスに行って大問題になったじゃないか、売れているからって調子に乗りすぎなんだよ」
ぼくがそう吐き捨てると、母親は呆れたのかそれ以上話しかけてこなかった。
しかし呆れるべきはむしろ、モニカの素行である。
彼女がトラブルメーカーなのは有名だ。バックバンドのドラマーと口論になって頭にカレーをぶっかけたり、国会議事堂の前でゲリラライブをしようとして捕まったり。
世間の厳しさを知らないから好き勝手に暴れるわけで、ならばいっそこのまま引退して実家の中華料理店の手伝いでもしていればいい。
なんて舌打ちしつつ自室に向かうと、おかしなものがベッドに鎮座していた。
使い古しのモップ。いや、もぞもぞと動いているような。
よく見れば机に置いておいたはずのポテトチップスを、一心不乱にばりばりと食べている。茶色の毛並みは泥でうす汚れていて、見るからに野生といった風情。
ぶさいくな猫ちゃん。……どうしてこんなところに?
散歩の途中でちょっかいをかけた野良とは違う。あのときのやつは白い子猫で、目の前の毛玉とは似ても似つかない。
まあいいや。あんまり可愛くないし、さっさとご退散してもらおうか。
そう思って手を伸ばすものの、するりと逃げられてしまう。むっとしてにらみつけると、相手はおどけるようにべろりと舌を出してくる。
なんだこいつ、人間みたいに煽ってきたぞ。ぼくの反応を楽しんでいるようでも見透かしているようでもあり、なんとも腹立たしい毛玉である。
こうなったら意地でも追いだしてやらなくては。楽しみにしていた抹茶コンソメ味をまるっとたいらげやがって、お仕置きがないだけありがたいと思え。
決意を新たに勢いよくつかみかかろうとすると、
『ごちそうさま。味はいまいちだったけど』
いきなり声が響いてくる。
耳もとでささやきかけられたような、頭の中に投げかけられたかのような。
誰が喋っている?
この部屋には今、猫しかいない。
窓を開けて外をきょろきょろと見まわすも、周囲にはやはり、猫しかいない。
ぞっとして振りかえると、
『どーも、こうして顔を合わせるのは何年ぶりかしらね。私に会いたくて会いたくて泣いちゃったりしていない? 寂しくて寂しくて恋い焦がれちゃったりしていない?』
不気味な声に合わせてぱちくりと、モップのような猫がウインクを返してくる。
だから人間みたいな動きをするなって。なんなんだよ、お前は。
ありえない、いくらなんでもファンタジーすぎるだろ。
頭の中ではそう否定したがっているのに、ばかげた考えがとまらなくて。
目の前の毛玉に、かすれた声で話しかけてみる。
「その頭が悪そうな喋りかた……。ひょっとしてお前、モニカなのか?」
『あら、あなたにしちゃ頭の回転が早いわね。そう、今をときめくスーパースター。全米が泣きながら可愛いは正義とぴょんぴょんした歌姫ちゃんとは、私のことよ』
猫はそう言ったあと、嬉しそうに「にゃあ」と鳴く。
まったくもって、わけがわからない。
幼稚園のころにクレヨンでプロ顔負けの精緻な絵を描き、いっしょにはじめたリトルリーグでは四年生のうちからスタメンになり、ぼくが風邪を引いて受けられなかった高校に合格し、だというのにあっさりと中退して上京した幼なじみ。
あれから五年――人気ミュージシャンとして成功していたはずの藤見萌仁香が、しばらく見ないうちにずいぶんと丸っこくなっている。
『呪われてしまったの』
と、彼女は言った。
困ったことに、猫になった理由としてはこれ以上ないくらいの説得力があった。
◇
自分の頬をつねってみる。何度も何度もつねる。一刻も早くこの悪夢から逃れたくて。
モップのような猫がケタケタと笑う。
信じがたい光景にもかかわらず、常識以外のすべての感覚が、腹立たしいその態度に懐かしさを覚えている。その場で何度も深呼吸し、手のひらに『人』という字を書いて飲みこみ、ようやく心が落ちついたというか諦めの境地に達したあとでまず浮かんだのは、
「呪われたってもしかして、ラクガキされたお地蔵様の祟り……?」
『そりゃ小五のときの話じゃないの。今となっちゃ時効よ時効』
「じゃあ蹴倒された稲荷様のほうか」
『ちーがーうー。猫にされちゃったんだから、猫に呪われたに決まっているでしょ』
察しが悪いわね、とでも言いたげな態度だが、こんなばかげた話を理解しようと試みていることにまず惜しみない拍手を送ってほしい。
当時の話が通じることからしてこの毛玉が幼なじみだというのは間違いなさそうだし、今の供述どおり猫に呪われたのだとすれば、いったいどんな悪さをしたのか。
尻に花火を挿して飛ばしたか。それとも鍋で煮て食ってしまったか。
『めちゃくちゃ失礼なこと考えてない? 言っておくけどデビューしてからの私は清廉潔白。ライバルに足元すくわれないように日々、闇属性ではなく光属性のミュージシャンを心がけていたの。だから今回の件もまったく非はなし、完全なる被害者』
ぼくはその言葉を笑い飛ばす。長いつきあいの中で彼女が無実だったことは一度もないし、統計学的にも経験則的にもモニカこそ悪だと断じてなんら不都合はないはずだ。
それでもまずは詳しい話を聞いてみるか。わけがわからぬまま翻弄されている今の状況だけは、とてもじゃないが我慢できそうにない。
◇
私はミュージシャンとして行き詰まっていた。いわゆるスランプってやつね。
いかに天才とはいえ、いや天才だからこそ、さらなる高みを目指して壁にぶち当たることがある。今や私の代表作になった『レクイエム』――あれ以上の曲をこの先一生、作りだせるとは思えない。ミュージシャンとしての限界、インスピレーションの枯渇……なんて、音楽センスが壊滅的なあなたに言ったところでわからないかしら。
待って待って!
窓から放り投げようとするのやめて! どうぶつぎゃくたいははんざいよ!
と、とにかく! 当時の私はやさぐれていました。
さながら鋭利なナイフみたいに、近づくものすべてを傷つける。SNSでアンチに噛みついて、ヤフーニュースのトップを飾る大炎上をかましたりもしたわ。
あのころの私は若かった。かれこれ一ヶ月前の話だけど。
そんなこともあってクソマネージャーにアカウントを削除され、新曲を作ろうにも遅々として進まない。そうなるともうハッパ吸うしかないでしょ?
でも私は冷静だったので、清く正しく昼間からビールを飲んで寝るだけの生活をすることにしました。そうなるとびっくり! 一気に体重が増えた(笑)
……いいから猫になった理由を話せって?
そうよね、前置きが長くなるのが私の悪いところ。でもここからが本題。
楽曲制作はさておき痩せなきゃやばいと思ったわけだけど、昼間は人目につくし、ジムも身バレが怖いから、深夜にジョギングをすることにしたの。
スタジオがある新宿から近くて、なるべく目立たないところ。
つまり高田馬場の、くっそ汚くて傾斜がえぐい坂道。
そしたらある日、走っている最中にぼんやりと光っている提灯が見えた。
ハッとして足を止めると、賑やかな笑い声まで聞こえてきたの。
こんな夜中にお祭り?
月のない夜だったから闇に浮かぶ光はなおさら鮮やかに、そして妖しげに見えた。
どう見たって普通じゃない。全身の毛穴がぶわっと開いて、いても立ってもいられなくなってくる。だってそうでしょ、クレイジーとワンダーはモニカちゃんの大好物だもの。
私は吸い寄せられるように、不思議な提灯を目指して走った。
酔っ払ったまま寝ている大学生を踏みつけて。
誰かが残していったゲロや、道路にぶちまけられたカップ焼きそばを乗り越えて。
影の巨人みたいなビルの隙間を抜けると、そこはもう別世界。赤や黄色の花々、アニメかゲームでしか見たことのないでけえキノコがアスファルトに生えていて、いよいよやばそうな雰囲気が漂っていた。
だけど恐怖よりもわくわくのほうが強かった。私はえいやっと乗りこんでいった。
そうしたら踊っていたのよ。
猫が。
円陣を組んで、やんややんやと。
この世のものとは思えない光景って、猫が踊る姿を言うのでしょうね。
五分か十分か、それとも一時間か。とにかくしばらくの間、その場で眺めていたわ。
やがて向こうも私に気づいたみたい。
一斉に踊りをやめて、こちらをじっとにらみつけてくる。
正直びびったけど人類代表としてナメられるわけにいかないし、か弱いモニカちゃんは勇気を出してメンチを切ってやったわ。そうしたらティム・バートンの映画みたいな謎空間がさあっと消え失せて、私はただ汚いだけの路地裏にひとり取り残されていた。
今のは夢?
そう思って夜の闇を見あげると、ひときわでっけえ猫がビルのうえにいる。
傍らには星空みたいにきらきらと瞬く、無数の光る瞳。
『これは神聖な踊りなり。ゆえに他言はせぬこと』
頭の中におどろおどろしい声が響いてきて、私は思わず腰を抜かしてしまった。
そして次に顔をあげたときには、猫たちの姿は消えていた……。
◇
ベッドに寝そべりながら語るモニカを、腕を組んで立ったまま見おろす。話の続きがあると踏んで待っていたのに、当の毛玉はポテチの袋をぺろぺろと舐めはじめた。
「肝心の猫になったタイミングはどこだよ。今の話だけだとジョギングの最中に不思議な光景に出くわしてしまった、という怪談でしかないぞ」
『最後に猫から言われたでしょ、他言はせぬことって』
ああ、こいつばかだから周囲にぺちゃくちゃと喋りまわったのか。
与太話もいいところだし、真に受けるやつなんていなかったはずだ。ぼくだって幼なじみの声で喋るにゃんこを前にしていなければ、鼻で笑っていたことだろう。しかしそれはそれとして、化け猫の怒りはばっちりと買ってしまったのかもしれない。
するとモニカはひとこと、『YouTube』と言った。
嫌な予感がして【猫踊り】で検索すると、
「五億回再生!? 世界規模で拡散してんじゃねえか!?」
『多言はしてないから。私がしたのはアップロード』
「そのふざけた理屈が通用すればよかったな。ていうか動画まで撮ってたのかよ……」
呆れはてたあげく、頭を抱えてしまう。現場の映像なんて証拠まで見せられてしまったのなら、いよいよ信じるほかなくなってくる。
モニカは昔からこういうやつだった。
普段は偉そうにしているくせに、困ったときだけぼくの前にやってくる。
『お願い、ちょっと手を貸してくれない? あなたって昔から野良猫とかの扱いうまかったし、こんな姿になってもすぐに私だってわかる相手、ほかに心当たりがないの』
大嫌いな幼なじみが、丸っこいにゃんこになって、すがるように言いやがる。
五年も経ったのにまったく成長していないどころかあらぬ方向に悪化していて、つい苦笑してしまう。腐れ縁、切っても切れない関係、お世話係、そんな言葉が脳裏をよぎる。
モニカの瞳はきらきらとしていて、まさしく飼い主に甘えるペットのようだった。
思えば最近は誰かに頼られる機会なんてほとんどなく、しおらしい声で鳴く幼なじみを見ていると、彼女に振りまわされていた日々の記憶が蘇ってくる。
こいつは今でもひたすらまっすぐに、ぼくなら助けてくれると信じているのだろう。
だから、
「絶対にいやだ。さっさと失せろ」
『ええ……っ!? 可愛い幼なじみが頼んでいるのに!』
「そうだな、今は猫だからちょっと可愛いな。でも最初は困った顔して頼むくせに、すぐに図々しくなるのがわかっているからな。昔のトラウマを思いだすと反吐が出そうだよ」
『ケチくさいこと言わないで、ね? 今をときめくモニカちゃんにお願いされるなんて、むしろ感謝したっていいくらいなんだからさ』
「言っているそばから本性を出しやがって……。お互い立派な社会人になったことだし、今日こそ決別しようじゃないか。さあ森へお帰り」
ぼくは忌々しい毛玉をぐいとつまみ、窓の外へ放り投げる。するとサッカーボールみたいにくるくると回転したあと、華麗に着地を決めてポーズを取った。
思っていたより余裕がありそうだな。いっそこのまま猫として生きるがいい。
そのほうがきっと、世界は平和になるはずだ。
◇
モニカはしばらくの間、窓の外でぎゃーにゃーと騒がしく鳴き声をあげていた。
築五十年になる我が家のボロ壁に体当たりして強硬突破を図ってみたり、窓枠に爪を立て耳障りな音を鳴らしたり、近所迷惑もいい加減にしろと言いたくなる。おまけに、
『勘違いしているかもしれないけど、今の私は口で喋っているわけじゃなくて、あなたの頭に直接語りかけているの。いわばブルートゥース接続』
そのせいか、窓を閉めきっていてもモニカの声が響いてくる。
これは厄介だ。どんな嫌がらせをされるかわかったものじゃない。
と思っていたらさっそく、頭の中にマリリン・マンソンの歌が流れはじめる。
『だからこういうことだってできるわけ。寝ているときもうんこしているときもエンドレスでドープ・ショーしてあげるから』
「くそっ! お前がなにをしようと、ぼくは屈しないぞ」
『勝手なことを言っているのはわかっているけど、今はあなたしかいないの。脳内ブルートゥース接続するには条件があって、お互いを知りつくしていないとだめなわけよ。幼なじみなんてよくも悪くも以心伝心、おかげで通信エラーがなくて快適そのもの』
モップの毛玉が窓越しに、投げキッスを放ってくる。
あまりのばかばかしさについ吹きだしそうになるが、ぼくはしかめ面を作ってから、
「お前のゆんゆん電波を浴びていると思うと、余計に追いだしたくなってくるよ。ていうか知りつくしている相手ならまず、家族を頼れや」
『イジワル言わないでよ、家出同然で上京したの知っているくせに。それにママは心臓が弱いし、パパはやたらと迷信深いから。妖怪版のオレオレ詐欺だと考えて、猫になった私をラーメンの出汁にしちゃうかも』
なんて話したあとで、しくしくと泣き真似をはじめるモニカ。
さっきから妙な小芝居が多いけど、頼れる相手がいなくて切羽詰まっているのは事実らしい。ぼくのおやつを勝手に食うだけならまだしも袋の残りカスまでぺろぺろしていたことからして、女子としてのプライドを早くもかなぐり捨てているようでもある。
猫に呪われたのは自業自得とはいえ、さすがにちょっと哀れに思えてくるな。
……いや、うっかり同情して底なし沼に沈められるのがいつものパターンじゃないか。
そうでなくとも今さらモニカの言いなりになるのは、悪魔に魂を売ることに等しい。
とはいえ踏んづけたガムみたいな性格を考えるといつまでも粘着してきそうだし、断固として拒否したとしても結局、毛玉の影におびえながら生活することになりかねない。
『こうなったら最後の手段よ。あなたがほしいと思っているものをなんでもあげる』
「じゃあ不老不死か血の繋がらない妹」
『これは冗談じゃなくてリアルな提案。元の姿に戻れたらだけど、私にできる範囲ならお望みを叶えてあげるってば。もちろん身体でご奉仕ってのもあり』
それこそタチの悪い冗談じゃないか。
しかしギブアンドテイクの関係であるなら、ぼくとしてもどうにか我慢ができるかもしれない。いっちょ法外な報酬を要求して、この憎たらしい幼なじみを困らせてやろう。
「じゃあお前の音楽をよこせ。これまで作った曲、この先作る曲すべての権利を譲渡しろ。それが無理っていうなら、諦めてもらうしかないかもなあ」
『あなたってさあ、私の嫌がることだけはよく思いつくわよね……』
まだまだ甘いほうだろ。過去にお前がしてきた嫌がらせに比べたら。
しばらくしてモニカが了承したので、窓を開けて部屋に入れてやる。猫になっているというのに、不満げなのが表情によく出ていた。
ともあれ彼女を元の姿に戻すことができれば、ぼくは晴れて億万長者だ。メフィストフェレスと契約する条件としては悪くない。それによっぽどの痛い目を見なければ、素行の悪さだって一生直らないだろう。ある意味では、猛獣の調教みたいなものである。
ひとつ問題があるとすれば、
「ちなみに呪いを解くための、具体的な方法とかわかるのか?」
『全然』
ぼくはため息を吐く。自分で解決できるくらいなら、音楽の権利を渡す覚悟まで決めて頼んでこないだろうからな。しかし手がかりがまったくないとなると、
「猫踊りを目撃したっていう、高田馬場の坂に足を運んでみるか。でも夜勤明けでしんどいから、せめて夕方まで寝かせてもらえると助かる」
『りょーかい。状況を再現するなら、暗くなってからのほうが都合はいいしね』
話がまとまったところで、ぼくは毛布にくるまって横になる。
すると図々しくもモニカがもぐりこんできやがった。
ひょいとつまんで床に放り投げようとするものの、途中でウッと鼻をつまんで、
「お前さ、雑巾みたいな匂いがするぞ」
『え、まじで。早くお風呂に入らなくちゃ』
誰が用意するんだよ、誰が。
しかし結局、うす汚い猫ちゃんをガシガシと洗うはめになった。
2)
夕方。父親のラクティスを借りて件の坂までやってきたものの、ぼんやりと光る提灯どころか、猫の姿さえ見当たらなかった。やはりそう簡単にはいかないか。
わざわざバイトを休んで遠征したからには、なんの成果もなしに帰るわけにはいかない。モニカと連れだってしばし、周囲を捜索することにする。
都内とはいえ平日の高田馬場。夜の坂道は人の行き来もまばらで、うっそうと茂る街路樹が風を受けてさらさらと揺れている。街の灯りに照らされているところから闇に向かって一歩踏みだしたなら、不可思議な空間に迷いこんでしまいそうな雰囲気は確かにある。
まあ人間のような仕草をする猫と歩いているぼくとて、傍から見たらかなり怪しげに見えるかもしれない。なんて考えているそばからモニカがスンスンと鼻を鳴らし、
『待って、あいつらの残り香があるわ。複数の臭いが混ざりあっているし、この辺りにナワバリがあるのだけは間違いなさそうね』
言われて嗅いでみるものの、ぼくにはさっぱりわからなかった。
猫の嗅覚は人間の数万倍から数十万倍。今や立派なにゃんこと化したモニカにしかわからない、微小なスメルが漂っているのだろうか。
というわけでモニカに先導を任せ、猫たちの残り香をたどることにする。
てこてこと歩く背中を追いかけていくと、次第に緑が増えてきた。下町情緒あふれる夜の街並み、イチョウ並木に囲まれた古めかしい神社。群馬県民からすると東京って高層ビルしかないようなイメージだけど、自然もあるところにはあるわけだ。しかも田舎よりずっと手入れが行き届いていて、見慣れた草木でさえ洗練されているように感じられる。
道の途中、コンビニの前で現在地を確認したぼくは「なるほど」と呟き、
「俺たちが追いかけているにゃんこ集団は、高田馬場じゃなくて雑司が谷から来たのか」
『あー、提灯を追いかけているうちに普段のコースから外れちゃっていたのかも。だけどそれがどうしてなるほどになるわけ?』
「このあたりは猫が多いことで知られるスポットだからだよ。いつだか雑誌の特集で読んで、ぼくもウォッチングに行きたいと思っていた」
『にゃんこを眺めるだけなら、地元でだってやれるでしょうに。暇人というかオタクというか、都内まで遠征しても動物くらいしかお相手がいないってのがまず笑えるわね』
「うるさいな。お前をほっぽり出して夜の店を楽しみに行ってもいいんだぞ」
そんな金は手持ちにないけども。
なんて話をしていたらちらほらと、猫の姿が見えてきた。街灯の傍らからこちらをじっと見つめていたり、対面の道路からすささっと走り抜けていったり。民家の塀に座りこみ、こちらから近づいていくとびょんと跳ねて、暗がりの中に溶けていったり。
中にはモニカみたいにべろりと舌を出してくるやつや、にゃっと挨拶してから通りすぎていくやつまでいる。猫が多い場所にしたって遭遇率が高い気がするし、人や車よりも頻繁に見かけるというのはどうにも違和感がある。
まるでぼくらを警戒しているような、あるいは誘っているような――揺るぎないはずの世界がじわじわと侵食されていくような気配を感じて、ごくりとつばを呑む。
残り香を追って歩くこと数十分、やがてひときわ緑豊かな場所にたどりつく。
雑司が谷霊園。
住宅地が立ち並ぶ一角にひっそりと居を構える、広大な墓地だ。
ひんやりとした冷気を感じるのは、夜に訪れたからというだけではないだろう。数多に連なる墓石はどれも立派で、暗がりの中だと黒々とした柱のように見える。
その間を縫うようにして走る狭い道にこわごわと足を踏みいれていくと、まるでゲームに出てくるダンジョンを探索しているような気分になってきた。
「ここも雑誌で読んだことがあるぞ。有名人のお墓がいっぱいあって、竹久夢二とか東條英機とか、あとは夏目漱石とか――」
ぼくはモニカと顔を見合わせる。
漱石といえば猫、猫といえば漱石。
目当ての場所を見つけるのは簡単だった。いかにも野良という感じの育ちが悪そうな猫たちが集まっていて、無数の光る目を星空のように瞬かせていたからだ。
はたと気づけば辺りに煙のような霧が立ちこめていて、広々としていた霊園は真っ白に染まっている。その中で神殿のごとき墓石が、ふよふよと浮かぶ提灯に照らされていた。
現実から切り離されている。そんな心細さを覚えつつ近寄っていくと、漱石のお墓のうえで寝そべっていた一匹の黒いデブ猫が、こちらを見て人間のように笑う。
あきらかに尋常でない雰囲気。
ぼくが気圧されていると、頭の中におどろおどろしい声が響いてくる。
『――吾輩は猫ではない』
待って。いきなり前提を覆された。
◇
『吾輩は猫のようで猫ではない、もっと曖昧かつ超常の存在。いわば神話的生物だ』
「余計にわからなくなった……」
『人間の言葉を借りるなら、精霊とか付喪神に近い。長生きした猫が変じて力を得ることもあるが、吾輩の場合はこの世に生を受けたときからモノノ怪をやっておる』
『つまり普通の化け猫よりすごい存在ってことなのかしら』
モニカのほうにも脳内ブルートゥースが接続されているのか、グループチャットばりにぼくらの会話に口を挟んでくる。
化け猫に普通もなにもないし脳内に語りかけてくる時点でかなり異常だけど、曖昧かつ超常の神話生物というよくわからない肩書を自称する猫の親玉はふんと鼻を鳴らし、
『そのとおり、吾輩はとてもすごいし偉い。その辺の野良猫に霊力を与えたり、相手が誰であろうと脳内に語りかけることができたり、言いつけを守らなかった人間のメスをみすぼらしい毛玉に変える力があるくらいにはな』
「あの……実はですね。すごくて偉いあなた様にお頼みしたいことがありまして」
ぼくはへこへこと頭をさげる。
ホラーな状況とはいえ丸っこいにゃんこが相手だけに恐怖感はうすいが、うっかり不興を買おうものならなにをされるかわからない。なるべく慎重に、そして礼儀正しくだ。
しかし猫の親玉は前足をすっとあげて制すと、
『まあ待て。今宵は神事を催す日ではないが、こうして珍客がおとずれたのだ。ちょいとこの場で踊ってみようじゃないか。さあ、ともに騒ごうぞ』
『ちょっ……なにこれ! いや、やめて……身体が勝手にぃ』
親玉の言葉に従うように、モニカがぱたぱたと踊りはじめる。
やんややんやと、楽しそうに。
猫特有の柔らかい関節を活かし、鳴き声に合わせてくねくねとリズムを取る様は奇妙のひとこと。そのうちに親玉やほかの毛玉も鳴き声をあげて踊りだし、眼前にこの世のものとは思えない宴が開かれる。
白、黒、茶虎にぶち、座布団のカタログみたいに様々な模様の猫が寄り集まったかと思えば、パズルのように組み重なってイソギンチャクめいた群体となる。うにょうにょと蠢いたあとでぱっと散り、親玉を頂点とした逆三角形のフォーメーションを作り独楽のようにくるくると回転する。そのまま飛びたっていくのではないかと疑うほど、高速で。
めまぐるしく変化していく踊りを呆然としたまま眺めていると――やがて唐突に鳴き声の合唱がとまり、モニカがふぎゃっと地べたに転がった。
彼女の言葉は真実だった。
猫の踊りとは、珍妙と奇怪と滑稽を鍋で煮詰めたような、この世ならざる光景だ。
たとえるならピカソやゴッホの絵。上手いとか美しいという印象ではないのに、そう感じたとき以上に圧倒されて言葉が出てこない。驚愕と感嘆がないまぜになった表情でぼくが見守る中、親玉は再び墓石のうえに寝そべりこう告げる。
『吾輩はかれこれ四百年以上、折に触れてこの神事を催している。かつては西に百鬼夜行があれば東に猫踊りありと謳われるほどの由緒ある宴であった。それが今じゃどうだ? 雑司が谷の場末で、年中ヒマそうにしている野良猫しか集まらねえ。あげく軽薄な人間のメスに見つかり、いんたーねっとの見世物にされる始末』
「YouTubeで五億回も再生されたわけだから、すごいっちゃすごいんですけどね……」
『しかし届かせたいところに届かないのなら、意味がない』
やけに静かな親玉の語り口に、ぼくは若干の戸惑いを覚えてしまう。
怒ってモニカを毛玉に変えたにしては、穏やかというか覇気がないというか。
おかげで接しやすくはあるから、もうちょい探りを入れてみよう。
「じゃあ楽しいから踊っているというより、なんらかの目的があるわけですか」
『そうさ。なのにいつまで経っても成果があがらぬから、仲間のモノノ怪でさえやる気をなくしちまった。そんな中で部外者の人間に物笑いの種にされたら、腹が立つだろうが』
「わかりますわかります。うまくいってないときにからかわれたら、そりゃイラッとしますよね。ぼくだって同じ立場だったらモニカのやつをどついていたはずですよ」
『吾輩だってなあ、必死にやっておるのだ。なのになぜ、なぜ届かない……』
親玉はふっと夜空を見あげ、悲しげな鳴き声をひとつあげる。
相変わらず話が見えないものの、落ちこんでいることだけはよく伝わってくるな。もはや得体のしれないモノノ怪というより、酒場で飲んだくれているおっさんのようである。
地べたに転がったままのモニカに視線を移すと「あなたの出番でしょ」とアイコンタクトをされたので、ぼくは優しい声でこう言った。
「悩みがあるなら相談に乗りますけど。誰かに話したほうが楽になるでしょうし」
『本当に? 天狗のクソ野郎みたいに我輩をばかにしないか?』
「うんうん。いじめたりしないから、おいでおいで」
動物を手懐けるのはお手のもの。ちゅーるちゅーると呪文をささやきながらペット用のおやつを与えるだけで親玉はあっさりと陥落し、ぼくに甘えるだけのペットと化した。
周囲にいた猫たちやモニカも集まってきたところで地べたに腰をおろし、偉大な文豪の墓前でお悩み相談をはじめることにする。
『こうして猫踊りを続けているのは、マンマル様にもう一度お会いしたいからだ』
「……マンマル様?」
『かの御方はモノノ怪にとっては親か飼い主のようなもの。みなはマンマル様を愛していたし、マンマル様もみなをたいそう可愛がってくださった。しかしあの御方にはやらなきゃいけないことが多すぎて、たまにしか姿を見せちゃくれない。それでも構ってもらいたいやつは大勢いて、だから猫踊りなんて酔狂な催しを編みだして、やんややんやと賑やかに騒ぐことで気を引いてきたわけさ』
親玉はそう言ったあと、懐かしそうに夜空を見あげる。
モノノ怪のたぐいにしては思いのほかいじらしいエピソード。
ただその姿はどこか哀愁が漂っていて、飼い主に捨てられた猫を彷彿とさせる。
事実、そのとおりなのだろう。
丸々とした毛玉は今にも消えてしまいそうな鳴き声をあげたあと、
『ところがいつからか、マンマル様はとんとお姿を見せなくなった。モノノ怪たちはひどく嘆いた。あの御方に捨てられちまった、見放されちまったってな。そういう声が出るたびに、吾輩は意地になって言った。マンマル様はお忙しいから、今宵は疲れているだけ。気分が乗らなかっただけ。ほかに用事があっただけ。ああ、でも気がつけば四百年。近頃じゃ記憶もおぼろげになり、愛すべきその御顔を思いだすことさえできやしない』
「君たちの親か飼い主ってことは、当然普通のモノノ怪よりもすごい存在なんだよね? だったら相当に長生きなのだろうけど……もしかしたら」
『妙な勘違いをするな、マンマル様がいなくなることなんざありえねえ。あの御方は元気でいらっしゃるし、日々のお務めもきちんと果たしておられるわ』
実は死別していたなんてオチではないとわかって、ぼくはほっと胸をなでおろす。さすがにそこまで重苦しい内容だったら、どう慰めたらいいかわからなくなってしまう。
いずれにせよ、モノノ怪だってセンチメンタルな悩みを抱えているわけだ。会いたいのに会えなくて寂しいとか。どうしても諦めきれない気持ちとか。そう考えるとなんだか親しみを覚えるし、モニカの件を抜きにしても相談に乗りたくなってくる。とはいえ、
「君にとって猫踊りがどれほど大切かってことは、今の話でしっかり伝わったよ。世界規模で拡散しちゃったのは問題あったかもしれないけど、モニカだって反省しているみたいだから許してやってくれないかな」
『絶対にいやだ。吾輩はあのあと売名行為だのインフルエンサーだのと散々ばかにされたのだぞ。生涯みすぼらしい毛玉として安物のキャットフードをカリカリしているがよい』
「モノノ怪界隈、意外とネット文化に染まっているな……」
なんて脱力したあと、こいつは骨が折れそうだと内心でため息を吐く。
もはや部下の不始末を謝罪しにきた上司の気分。マニュアルに沿うならとりあえず土下座させて、そのあとでなんとか説得するほかないか。そう思ってモニカを見ると、
『さっきからウジウジとみっともないわねえ。それでもキンタマついてるの?』
あろうことか、いきなり爆弾を投げこんできやがった。
完全に予想外。ぼくはもちろん親玉ですら、目を丸くしてしまう。
静かにしていたからさすがに反省というか自重しているのかと思いきや、全然そんなことはなく、うす汚いモップは言ってやったぜくらいの態度でどや顔を決めている。
「お前さあ、本気でいい加減にしろよ? まず手当たり次第にケンカ売る癖を直せや。ディスり合いがコミュニケーションになるのはヒップホップ界隈と洋ゲーの中だけだぞ」
『だってさ、結局たいした努力もしないでだらだら続けているだけじゃない。四百年も同じことやってりゃ飽きられもするし、そりゃマンマル様だって振り向いちゃくれないわ』
『なんだと……?』
親玉が毛を逆立てて、モニカをにらみつける。
せっかく打ちとけてきたのに、空気を読めないやつが難癖をつけてきたせいで台無しだ。けっこう感情移入していただけに、ぼくのほうまで聞いていてむかむかしてしまう。
『届かねえなあと気づいた時点で工夫しなさいよ。振りつけを派手にしてみるとか曲を変えてみるとか。そもそもあれは音楽? にゃーにゃー鳴いているだけでリズムは単調だしメロディだってガタガタじゃないの』
『ぐっ……。吾輩だって努力を……』
『だーかーらー、やり方を変えたりして試行錯誤するのも努力のうちだっつうの! ルーチンだけで成果が出るなら誰だってマイケル・ジャクソンになれちゃうでしょうが。常に感性をアップデートして、今までになかったパフォーマンスを導きだす! そうやって輝かしいスターへの道を切り開いていくのっ!』
喋っているうちに気持ちよくなってきたのか、モップの妖怪は高らかに前足をあげてガッツポーズを決める。こりゃ完全に酔っていやがるな、自分の言葉に。
「成功者サマがご高説を垂れるのはけっこうだけどよ、親玉がダンス系ミュージシャンとしてデビューするわけでもなし、踊りを変えたくらいで効果はあるのか」
『それでもやらないよかマシじゃん。世界規模でバズるだけのポテンシャルはあるんだから、猫踊りをさらにグレードアップして今度はモノノ怪の世界……て言うのかしら? にまで広げりゃいいだけでしょ』
「でけえ口を叩くからには当然、具体的なプランがあるんだよな? 無責任に煽ったうえになにもなかったら親玉より先にぼくがお前をしばくぞ」
『天才ミュージシャンであるこの私が、楽曲を提供してあげる。そのうえで盛大にイベントをプロデュースして、みんなでマンマル様とやらにぶちかましてやろうじゃないの』
ふんぞり返るようにして宣言したモニカに、ぼくは返す言葉が出てこない。
この世に生まれ落ちたときから現在にいたるまで自分は正しいと信じて疑うことのなかったような女の説得力は、モップの妖怪になっても顕在だった。しかし常人が相手ならともかく、四百年以上は生きている超常の神話生物的なにゃんこに、勢いだけで押しきるような演説が通用するはずがなかろう。
そう思いつつ猫の親玉を見ると、きらきらとした輝く瞳を向けてふっと笑っていた。
あ、ドラマで見たことある。
頑固な職人が若者の熱意にほだされてやる気になったときの表情だ、これ。
『面白い、そこまで言うなら試してみようではないか。お前らと協力して猫踊りをグレードアップ。それが見事マンマル様に届いたとしたらまあ、元の姿に戻してやる。ただしチャンスは一度きり、失敗したらお前は生涯そのままだ』
『にゃははは、上等じゃないの。モニカ様が作った究極的にアメージングな曲に合わせて踊れば、海の底にいようが銀河の果てにいようがマンマル様だって目の色変えてすっ飛んでくるわよ。そして私は人間界を飛び越えて、超☆神話級の歌姫となる……』
毛玉どもの会話が異様な盛りあがりを見せる中、ぼくはひとり頭を抱える。
猫になった幼なじみを人間に戻すというややこしい問題が、四百年続く猫踊りなる奇祭をいっしょにプロデュースするという明後日の方向に発展しつつあった。
勘弁してくれ。こんな話、収拾がつかなくなるに決まっているじゃないか。
できることなら、尻尾を巻いて逃げだしたい。
しかし猫の皮をかぶったメフィストフェレスたちは、地の果てにいようとも追いかけてくるだろう。耳ざわりなヒットソングのように。
にゃーにゃーにゃーと、甘えるように鳴きなから。
(続きは書籍版でお楽しみください!)
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