君に届ける、初夏の風3
続きになります。ぶっちゃけ題名がすごく恥ずかしいのは、この拙文を読んでくださる皆さんにだけ伝えておきます;)
「改めまして、どうも初めまして、山守勝(まさる)です。明日には苗字は名乗れなくなるから、どうぞ気軽に勝と呼んで。」
勝がきれいに正座の体勢から両手を畳の床につけて頭を下げた。
「初めまして、、、えっ、なんで苗字、、、?」
勝の言葉に違和感を感じ、葵は顔を上げる。勝の黒く大きな瞳と目が合う。意志を持つ、大きなひとみ。
「ああ、ばあさまから説明はなかったのね…。」
勝が少し目を伏して、ため息交じりに答えた。
翌朝は雨音で目を覚ました。一日の始まりだ。どうも雨音で起こされる日を、葵は好きになれない。
耳を澄ますとめいめいの棟から使用人らがあわただしく動き回っている気配だけがする。足音はやはりない。昨日の夜、勝から今日行われる行事についての話は聞いていた。
今日行われる神事は「御結納」。この地域の神と山守の娘が結婚するという趣旨のものだった。神に性別はないが、慣例的に娘が嫁入りする形をとっているそうだ。神事は早朝からで、嫁入りする娘が神楽の奉納を神と一対一で行い、朝、昼、晩と、山守家の邸宅の裏側にある御山で神と食事を共にする。こののち、日暮れ間際にみそぎを行い、神殿の中で一夜を明かすことで「御結納」の儀式は終える。慣例的に、この御結納で神に嫁入りした娘は後の山守家の当主になるらしい。昨日あの変な部屋で会い、勝がばあさま、と呼んでいた老婆が今の山守家の当主で、神の妻であり、現人神ということであった。
「なんかいやだな、」
勝から話を聞いた時の不快感がまた葵の胸にかすめた。なんで女の子が儀式をしなくてはいけないのか理解に苦しむ。葵の居る棟の裏山の頂上でやるらしいその一連の儀式は、体への負担が相当だろう。慣例的にそうだから、と勝は、はにかみながら言っていたがおかしくはないか?大体神に嫁入りしたからと言って、そののち生涯独身を貫かなければいけないとかいつの時代の話だ。
葵は今日行われるらしいの儀式がどうも気に食わない。というのも、実は、葵は昨晩出会った勝に、淡い恋慕を抱き始めていた。初めて会って、すぐに恋愛感情を抱いてしまった自分が恥ずかしく、葵は必死に心中で否定しているが。心なしか雰囲気とそれに顔立ちも円に似ている気がして、惹かれてしまっていた。
まだ夜が開けない中、葵は悶々としつつ再びやって来た睡魔に身を預けた。
日が昇ってくる。雨脚が弱まり雲の隙間から朝日が漏れてくる。
「あぁ、今日で最後かあ。」
勝はしみじみと、そしてかすかな切なさを感じて舞を奉納していた。汗で衣装が肌に張り付く。気持ちが悪い。気持ち悪いといえば、これまでもオトナからの視線が絡みついて、ずっと気持ちが悪かった。
山守は表向きではただの田舎の大地主。だが、その内実は戦前の大財閥の本流。戦後の財閥解体を免れるため、家名を変え、大地主としてこの地域に住み着いただけの、ハリボテ大地主である。今もなお、旧財閥としてこの国における経済への影響力はかなり大きく、乗じて政界とのつながりも太い。その次期頭首として生まれ、育て上げられた勝には様々な方面からの期待に、悪意に、目論見が向けられていたのは言うまでもない。
今日、この儀式を終えてしまえば、もう逃げられはしない。生まれたときから定められていた人生設計に則って、ひたすら歳と命を食いつぶしていくのだろう。
「別に、わかってたことじゃん、そんなの」
今更何がこんなにも自分の心に引っかかっているのかわからない。いや本当は分かってる。昨日、ほんの数十分、それだけ、だけれど、勝にとってはこれまでの人生で最も刺激的な存在と邂逅したからだろう。
あおい、こころの中でなんとなしにつぶやく。葵は風だ。自分の目の前から吹きやって来て、わっと立ち上がってしまいたくなるような新鮮な空気を運んでくる、草原を吹き抜けるのような風。きっとその風は私の何かを芽吹かせてしまったのだ。
けど、ちょっと遅かったなぁ。
※細かい財閥とかの設定は無視、、、してください
続く
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