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君に届ける、初夏の風

 少し季節外れな題名。今年の初夏に書いたものです。趣味をたっぷり詰め込んだ、ボーイミーツガール。どうぞお付き合いください。


「君に届ける、初夏の風」


気持ちのいいそよ風で目を覚ませば、だいたいはいい一日が始まる。

都内から約三時間、新幹線とローカル線を乗り継いで、そこからは一日に
数えるほどしかないバスに乗っていき、着いた都はいずこかな。とんだ田舎、いや、ドのつく田舎である。山守葵が、この死んだ母の故郷に足を踏み入れたのは、これで人生二度目となる。葵の母、山守円(つぶら)は、この地域一帯の大地主の一人娘だったが、齢十八で実家の慣習と伝統で編み上げられた鳥かごに嫌気がさし、家出ついでに上京した次第であった。当の葵が初めてこの田舎に来たのは生後間もないころ、円が実家との縁切りに訪れたときである。そして二度目となる今回は、その切った縁を結び直しに来た。何とも皮肉なものである。

ブロロと重音を立てて、あぜ道の向こうから近づいてきたのは田舎ではひどく浮くベンツのSクラス。

車から中年前のきれいなスーツを着た男がおりてきて、
「やあ、こんにちは。もうこんばんはかな? それにひさしぶり、よりもはじめましてのほうがいいのかな? マ、とりあえずどうも。どうもって便利だよね、いつだって大体の人にだって使えるものだよねぇ。あ。すまないね、言語をやってる身としてじゃこんなことであれこれこだわってしまうものでね。マ、乗って乗って。」
と、手際よく葵の荷物は後部座席に積みながら従妹叔父の山守葉一が言った。

「あ、どうも、初めまして、ありがとうございます。」
葵の発した言葉はすべて葉一の勢いと声量でむなしく消えていった。十五年間生きた人生で初めて会うタイプに葵はどぎまぎしながらベンツに乗りこんだ。


町、もとい、村の中心地から、さらに北に車で三十分ほど走ったところに山守家の邸宅はあった。典型的な日本家屋。邸宅の門に使われている木材を見ればこの家の経てきた歴史が伝わって、ある種の畏怖すら感じさせる。この大豪邸にたどり着く少し前から、周囲の民家が減っていき、本屋の周りにはうっそうと木々が生い茂っているだけであった。

「君、すごい興味津々だねぇ。マ、無理もないのかな。東京じゃこんなに広い土地に家一軒立ててあるなんてなかなかないだろうしね。」

「や、まあ、はい。なんていうか、このうちだけ周りから隠されてるみたいだなって。」

「うん、それはあながち間違いではないね。ウチは大地主だけど、それと同時に現人神を代々輩出していたからね。現人神、知ってるかい?」

あらひとがみ。何かの漫画で読んだ気がする。

「生きてるニンゲンが神様になって信仰されるっていうやつですよね、確か。」

「そう、それ。今じゃあ考えられないけどね。でも慣習は残ってて、今でも夏には代々、頭首直系の孫娘が神事を行うんだよ。しばらくはうちの娘だね、」

「へえ。」

現人神に神事、余りにも時代遅れというか。母さんはその慣習が嫌で家を出てきたんだよな。

そんな母、円の教育方針は、幼いころの厳しい家庭環境もあって、自由解放であった。というか行き過ぎた放任主義といえるものだった。
すべては愛する我が子のため、円はその一心で葵に対して死ぬ間際まで無関心を貫いた。トラウマにゆがめられながらも純粋なまでの葵への愛情表現である。

続く

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