#毎週ショートショートnote『メガネ初恋』
メガネのよく似合う短髪の、大正時代の書生とでも言えばしっくりくるような男だった。
それなりにカフェで人目を引く目鼻立ちであったから、多くの乙女の初恋相手であったかもしれない。
かくいう私もその1人なわけで。
彼のことはカフェで、甘いラテとお気に入りのはちみつドーナツを食べながら横目で見ていた。しばらくしてだったと思うが、私から声をかけたのか、いつの間にか彼とは話を交わす仲になっていた。
言葉は距離を縮め、目線は心を結び、肌と体温が憂いを溶かしていった。
互いに愛し合って骨を同じ場所に埋める覚悟もあったと思う。
彼の横に居るようになって桜の木が咲いて散ってを数十回繰り返した頃、眠って気づいたら彼がいなくなっていた。
周りが騒いでいたので何かと尋ねれば、最近窃盗があったと言う。
はて、なんの窃盗かと聞けば、骨のだ、と言う。
そういえば、最近奥さんのお連れさんはどこに?
世の中には余分なことを聞く奴がいるものだ。
最近ふらっとどこかへ出かけてしまったの。
相手はまさかという顔をする。
まさか、という気持ちと、やはりな、という気持ちが混ざって心に広がる。
彼は私の初恋だった。出生は分からずじまいだが、書生であったわけだし、何かにつけて洗練されていた彼はきっと高貴な身分だったのだろう。
初恋とは実らないもので、だから私たちは骨になってお互い桜の木のそばで永い永い月日を共にすることにした。
それでも初恋の人と添いとげることは難しいらしい。
神のいたずらなのか、はたまた彼と縁のある人なのか、彼の骨を私の横から掘り出してしまった。
残ったのは彼のメガネと実らない初恋と、冷たい土の感触。
ショート…?
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