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夜明けのbeat

LINEの文面を見つめながら、私は何度も何度もため息をついていた。

『今週はマッチングアプリで知り合った男と、来週は合コンで知り合った人とサイトの人と会わなきゃいけない。こう見えて私は忙しいんだよ。だからキミと会えるのは3週間後かな』

「おモテになるんですね。羨ましい」


『そうでもないよ。結局穴モテだから。あの人たちは私の身体にしか興味ないよ。だからキミと話しをしていたほうが全然楽しい。早く会いたい』


まっったく。俺がいつ会うこと了承したんだよ。


シロの恋愛脳はここ最近あまりにも悪化しているように思えた。

47歳の既婚のおばさんでしかないのにもかかわらず、既婚者専用マッチングアプリやエロサイトで知り合った男からアプローチがくる度に恋愛相談をし、うまくいかなくなる度に恋愛相談をし、傷つく度に深く落ち込む。

それだけならまだしも、いちいち『あなたは彼らの次に控えている』という趣旨のLINEを送ってきて私を嫉妬させようとしてくる。


ほんとに…47にもなってこいつは…


だがそれ以上に私をイライラさせるのはやはり、シロは私に相談し答えを求めながら、その答えに対して一切合意せず、結局自分の考えを一方的にぶつけてくることだ。


『最近No.2の彼が全然連絡をくれなくなったんだよ。これってなんでかな』

「いやー既婚者だから奥さんとかの監視が厳しいとか、そもそもLINEあんまりしない人とかなんじゃないですか?」

『それはない。奥さんとは仲が悪くて家では1人でいるって言ってたし』

「じゃあLINE苦手なんじゃないですか?マメじゃないタイプなんじゃ」

『マメではあるんだよ。でも1人になるのが好きな人なんだよね。なんか1人で結論出しがちだし、1人で物事考えちゃうみたいな』


「じゃあいまは熱する期間が少し落ち着いてるんじゃないですか?既婚者専用マッチングアプリってカドルですよね?YouTubeで観ましたけどカドル登録してる男は短期決戦型で一気に課金して成果でたらクールタイム入るってなってましたよ」

『それはないよ。頭がよくて効率的なだけだよ』



私はまたため息をつく。

どんな答えがほしいんだよこの女は。

いや、答えなんてない。わかっている。こいつはシンプルに話を聞いてほしいだけなのだ。


「まあ、いずれにせよ大変ですね」

『既婚者同士の恋愛は複雑なんだよ』

「僕は別にほんと後の後の後くらいでいいですから。お気になさらず」

『キミはNo.4だよ。No.1は彼氏。No.2はいま相談した彼。No.3は欠番でNo.4がキミ』

「それはとても嬉しいですよ」

『ねえ、私は何番?』

「もちろん1番ですよー」

『ごめんね。それなのに』

「いえいえ」

『キミは私をただの穴じゃなく、私の本質を見ようとしてくれるから好きだよ』



はああ。

バカだなこいつは。穴以外のなにものでもねえよ。


いったいどうやったら47にもなってこんなバカに育つなのだろうか。








長澤まさみの代表作は?と聞かれ、皆さんはどの作品を思い浮かべるだろうか。

ドラゴン桜、ラストフレンズ、コンフィデンスマンJP・・・果てはキングダムからウルトラマンまで多岐に渡るだろう。

だが、私は何よりも先に「劇場版モテキだ」という。

あの作品の長澤まさみは最高だった。

森山未来演じる主人公との初対面のシーンも、Twitterで男と待ち合せするつもりがとんでもなく可愛い女の子が現れたというのも
素晴らしいシュチュエーションであったし、その後泥酔して、寝起きに口移しで水を飲ませる場面は、私の観た映画史上最も羨ましくセクシーなキスである。

反面あの作品に出てくる麻生久美子は、まさに長澤まさみの対比として描かれており、私は好きではなかった。
『神聖かまってちゃんとかも聴くから』は身震いするほど気持ちが悪く感じたのを覚えている。
まあただ、この二人のコントラストこそがこの作品を神作たらしめる部分なのかもしれない。


ただ私にはどうしても理解ができない箇所がある。

森山未来にこっぴどく振られた麻生久美子が、後日森山未来の上司役のリリーフランキーに抱かれる。
事後(早朝)、リリーフランキーが「ルームサービスでも取る?」と声をかけると、その時には既に麻生久美子は帰り支度を終えていて、『お疲れ様でした』と元気よく部屋を出ていく。
そして一人で吉野家に入り、とても美味しそうに牛丼を頬張るのだ。

なぜ彼女は牛丼を食べたのだろうか。

リリーフランキーとの食事を断るのはわかる。
だがなぜに彼女はわざわざ牛丼を食べにいくのか。

『それは女心が理解できてないなあ』

川崎は待っていましたと言わんばかりに私を見下す表情を見せた。

「いや確かに女性が一人で吉野家に行くハードルの高さは理解をしているよ」

『リセットですよ。リセット。はいもうこの恋きっぱり終わりましたみたいな』

「それが牛丼食うシーンである必要は?」

『こんなことも一人でできる。つまり一人でもう大丈夫という・・・メタファーですね』


なるほど確かに。
けれどもなんとなくそういうことなのだろうなというのは私の中でもあった。

それでもやはりあのシーンはよくわからないのだ。

『わかってないなあほんと』

「これ以上何かあるの?あの吉野家に」

『あの劇中で言えば、長澤まさみが吉野家に行くのはダメなの。麻生久美子だから成立するんだよ』

「どういうこと?」

『長澤まさみが吉野家に行ったら、“サブカル”になっちゃうのですよ』


なるほど。たしかに。
作中、限りなく主人公の世界側に近い立ち回りだった長澤まさみが吉野家に行ってもそれはサブカルだ。
真逆の位置にいた麻生久美子が吉野家にいくから意味がある。


「でもそれ、女心関係なくない?」

『わかってないなあ』

またしても川崎は私をバカにしたように鼻で笑いながらそう吐き捨てる。

『松岡さんは優しいし、一見相手の立場になって考えてるように見えますけど、そういう奥底が理解できなかったり、そもそもしようとしてなかったりしてダサい時あるんだよな』

「それはダサいことなの?」

『ほら。女心をわかってない』







『“四月になれば彼女は”って読んだことある?』

「ないですね。僕は本読まないんですよ」

シロは本をやたら読む。恋愛小説ばかり読んで、たまに感想を聞いてくる。

私は見かけから、読書家の印象を持たれやすいが、生憎歳を重ねれば重ねるほど、読書が苦手になっていっている。

『なんかすごい本とか読み漁ってそうなタイプなのにね』

この会話ももう5回目だ。
だから本読まないって言ってんだろ。

『“四月になれば彼女は”にね、タスクっていう人が出てきて、その人が言うセリフがね、すっごく松岡くんっぽいんだよ』

これはつまりシロとしてはその本を読めということだろう。

ネットで検索をしてみると、佐藤健と長澤まさみが抱き合いながら泣いている画像が出てきた。

また長澤まさみか・・・

ああ。こんな恋愛まみれのおばちゃんの相手でなく、川崎と麻生久美子のスタンスについて語り合っているときはなんと幸せだっただろうか。

ネット記事を読み進めていると、簡単なあらすじが書いてあり、どうやら婚約者が突然失踪する話のようだった。


「恋人が失踪と言えば、佐藤正午の名作“JUMP”を思い出しますね」


『まあ失踪はそんなに関係ないんだけどね』


関係ねえのかよ。

どんな作品だよ。


次に私が言いそうなことを言っているタスクさんの名言を読んでみる。ってかタスクって名前なんやねん。

「いやー怖いですよねぇ人間って。 …… 憎んでる人より、 そばにいて愛してくれる人を 容赦無く傷つけるんだから──」


いや俺こんなこと言わねえよ!!!

言うか!

いやー怖いですよねぇ人間って。の部分はもう稲川淳二じゃねえか。
傷つけるんだから---じゃねえよ。言うか!!!

こんなのガールズバーでしか言わないわ。

「勘弁してくださいよ。全然俺は憎んでる人傷つけますよ。」

『でもすごく言い回しが松岡くんっぽいよ』


私はこんなこと言う人間だと思われているのか・・・

言うか。言うわけがない。


『とにかく、読んでみてよ。絶対ハマるよ』







「愛を終わらせない方法。それはなんでしょう」

『なんすかそのクソみたいな質問。プラスティネーションしたりすればいいんじゃないですか』


やはり川崎はセンスが良い。

愛が終わるどころかそれ以外の何もかもが終わってしまう感じはあるし、
彼女のサイコパスはドス黒く濁ってしまっているが、川崎はセンスが良い。


「ドン引きだよ、その解答」

『ちなみに答えはなんですか』

「工夫したsexだよ」



彼女は一笑もせずにレモンサワーを飲む。

『言っとくけど、酔ってないかぎりはしないから』

「じゃあもっと飲んだほうがいいよ」

『犯罪ですよ。それ』


愛が終わらない方法は知らないが、恋が終わらない方法はわかる。

一方的に口説き続けることだ。もはや結果はいらない。

バクバク鳴っている鼓動は旅の始まりの合図だ。

そしてこれから待っている世界に

私の胸は踊らされるのだ。

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