心底

 「じゃじゃーん!これ、今年の誕生日プレゼント」

 小さな身体で抱えていたのは、大きな鍋だった。

 鍋…………?彼女の奇行には慣れているつもりだったが、まだまだ初心者だったようだ。
 電子レンジに服を着せるよりおかしなことかもしれない。

 その鍋は至って普通の鍋に見えて、プレゼントとして扱われるような特別な機能や最新の機能は備えていないように見えた。持ち手の厚いプラスチックの部分がくすんだ赤色だった。

 「って、なんの変哲のないお鍋に見えるでしょ?」

 彼女には今日も僕の気持ちなんてお見通しだった。

 「これね、実はね…………」

 鍋をひっくり返す。そして僕には彼女の胸元の赤いリボンが見えた。

 「2回目のじゃじゃーん!なんと、穴が空いているのでした!」

 なんの変哲もない鍋の方がよかったよ。

 穴の空いた鍋を宝物のように抱え、満面の笑みを浮かべている。バカみたいなのに天使みたいでもあってそれもおかしくて笑えた。穴からリボンが見えていた。

 鍋は使われた痕跡がなくピカピカで、なのに底だけがトンカチで叩かれたように不自然に破れていた。なんだかむかついて、そんな鍋をちょっと取り上げたくなった。そして早く2人でケーキを囲みたかった。

 「でもね、これって君にそっくりだと思うんだ」

 どこがだよ、役立たずなところか?

 「それもそうなんだけど」

 表情を1mmも変えずに言う。

 それもそうなのかよ。いや、俺は役に立つよ、たぶん。…………うん

 「うん、キミは私の役に立ってるからね」

 じゃあ、

 「それだけで大活躍、でしょ?」

 先回りされたのは悔しいけどそうだよ、ハハ。

 喜びなのか諦めなのかわからない笑みが溢れる。

 「でもそれだけじゃなくてね、なんというか、私って綴蓋でしょ?」

 彼女が小首を傾げる。

 たしかに、お前は学校でもピアノ教室でもバレエ教室でも自分や友達の家でもいつも仲立ちに奔走していたな。いろんな問題が起きないように、そして起きてもそこまでの問題にならないように努めていた。いろんな意味でかわいそうだった。それを見ていられなくて声をかけたんだ。

 「じゃあ、キミはさ」

 俺は舌打ちしてから言った。

 割れ鍋ってことか?

 俺としては、お前もお前でなんか割れてる鍋だったけどな。まあ蓋のつもりはこの生涯一度たりとも無いが。

 「もしくは、これとこれ」

 鍋を地面に置き(破れてる部分が尖ってるけど床傷つかないかな)、机の上の紙袋からガサガサと取り出したのはルービックキューブと包丁だった。

 玩具と刃物?マリオと桐生一馬くらい合わない。いや、桐生一馬も同じくゲームのキャラではあるからちょっと違うな。マリオとステラおばさんくらい合わない。

 「マリオとステラおばさん?ハハハハ!変なこと言うね」

 みんなの前にいるときとは逆に大口を開けて笑う。

 別に変じゃないだろ。そんくらい違う。

 「まあいいや、この2つの説明をするね」

 どうせろくでもないんだろ。

 「そりゃ2じゃないからね」

 ろくってそうじゃないよ。真顔の冗談って冗談か分かりづらいからやめろって言ってるだろ。

 そう思いつつも頬杖をついて傾聴する。

 「でもキミならわかってくれちゃうからナ…………」

 顔を赤らめ、くねくねしながら言う。

 もう甘やかさないよ。

 甘やかさなくても愛を感じてくれるから。

 「甘や…………はっ!ケーキは甘くないケーキにすればよかった!」

 ガーン!と口で効果音を鳴らしながら叫ぶ。

 そろそろゴーンとかギーンとかバリエーションが欲しいな。調子に乗るから言わないけど。俺が癌患者になってから言ったらブラックで倍は笑えるだろうな。

 もう余裕があるから余計なことをつらつらと考える。

 「まあいいや、気を取り直して」

 ケロッとして再開する。そういやケロケロケロッピっめっちゃ気を取り直してる人みたいじゃないか?

 余計なこと。

 「このルービックキューブと包丁、なんと、なんとですね…………」

 南斗聖拳だか北斗星拳だかしらないけどさっさと言ってくれ。ケーキ食べたい。かわいい。

 「こちらのルービックキューブは、どうがんばっても1マスだけ揃わないし、包丁は紙すら切れないナマクラなんです!」

 ニコっ!と言う。

 なるほど…………つまりそれは一般的に言うところの

 「ゴミ…………ですね」

 悪びれもしない天使。

 ゴミじゃねえか!おい!俺の誕生日プレゼントゴミかい!いらねえよこんなもん。

 俺は3年目の彼女に気軽にキレながらこう返した。

 「まあまあ、自虐はそれくらいにして」

 ニヤニヤ言う。

 自虐じゃねえよ!ゴミ扱いか!?

 さすがに失礼だから注意の念も込めて言い返す。しかし、

 「ゴミでしょ、キミ。そうじゃなきゃなんで私なんかと2人きりでメリークリスマスしてるの?」

 悪魔みたいに冷たい表情と声色の天使。

 …………いや、そうだな。本当にそうだよ。

 俺は視線を床に落とした。去年シャンメリーを投げたときの傷が残っていて、俺を惨めにさせた。

 「破れた鍋も、揃わないルービックキューブも、ナマクラの包丁も、全部ゴミだよ。でも、これは出来損なくて、ピッカピカの新品だよ」

 淡々と言う。

 意味がわからない。出来損ないじゃなくて、完成後に壊れたわけでもないなら、なんなんだよこいつらは。
 ゴミを突きつけられて、最初は辛かったが、次に寂しくなり、その次に苛つき、最後に虚しくなった。

 「私はね、昨日ね、パパの社員さんたちに頼んで作ってもらったんだ。変な顔をされながらね。だから、これで完成なの」

 なぜかその意味不明な言葉がすーっと胸に入ってきた。

 「このお鍋は破れた状態が完全なの。この底を作っちゃったら、それは余計で、破れた鍋として出来損ないなの。この破れた鍋は、私にとってただの鍋なの。むしろ、破れてない鍋があるの、この世界には」

 なんの気持ちも宿ってなさそうな、死体のような目で俺をじーっと見る悪魔。

 「だから揃わないルービックキューブもナマクラの包丁もこれでいいの。これがいいの。みんなに変な顔をされても、なんでかわからないけど本当に大好きなの。役立たずのゴミが」

 俺みたいな?

 「そうだよ。いつもわかってるみたいだったけど、ちゃんと言葉にしてくれてうれしいよ」

 にっこりと笑うなにか。でもまだ大好き。

 俺はメソメソ泣きながら、ひとつだけあった、どうしても言いたいこと、言ってみたいこと、言わなければならないことを言う。

 お前も壊れてるよ。

 そう言うと、なにかは笑った。初めて、どういう笑いかわからなかった。

 「そうだね!でも、私はどうにもキミとは違うんだ。私は生まれたときからずっとまともだったよ。壊したのはキミだ」

 なにかは天使か悪魔を見るような目で俺を見つめる。

 そうか、それはよかった。お前も俺の仲間になったんだな。

 皮肉というより、純粋な気持ちがあった。

 「そうだね、なんかそうなったみたいだね。私にもキミにもよくわからないけど、とりあえずいまはそうなっているよ」

 また、よくわからない気持ちをはらんだ表情をする。いや、なんとなくわかったかもしれない。あれは、設計図通りにレゴを作ったら、設計図通りになってしまったときの俺の顔…………でもないな。

 「でもいいじゃないか。俺が壊れた鍋でなにも溜められないなら、お前が壊れた蛇口として注ぎ続ければいい。溢れることはない、ずっとやってられる。もう壊れてるから壊れることはない」

 「………………そうだね、それでいいや」

 俺の天使は、諦めたような、疲れたような、寂しいよつな、虚しいような、なにも考えていないような表情になると、ケーキを取ってきてくれた。それにナマクラの包丁を入れたが、上手く通らなくてケーキが崩れる。天使は困ったような顔で悩んでいる。

 俺は黙って大口を開けてケーキに齧りついた。
これなら切らなくていいし、なにより一度やってみたかった。初めてこいつと2人きりで迎えるクリスマスだからやれる。

 天使のぽかーんとした顔を見ながら。おいしいなあ、かわいいなあと思いながらもぐもぐする。
 天使はハハハハハ!と今日1番の笑いを見せた。

 俺はなんだかその顔が辛そうに見えたし痛ましく思えたから目を逸らしたのだが、それに気づいた彼女も不機嫌になって沈黙したため、嫌な雰囲気がまた場を包んだ。

 メリークリスマス。イエス・キリストさん、キリスト教徒って言うのは当然のことだからいいんだけど、じゃあなんでキリストマスって言わないんだろうな?教えてくれ。

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