見出し画像

質問する力の劣化問題――訊きたいことと答えることについて

 「あなたにとって××とは何ですか」。何かを成し遂げた人に対してよく発せられる紋切り型質問だ。まあ大体「人生のすべてです」「生きがいです」とか言われて、終わり。または気の利いた答えをしたくて、却って的を射ないことを口走っていたり。第三者はそんな答えを聞きたいだろうか。
 子供に対して発せられる「大きくなったら、何になりたい?」。近くにいる大人が親か教師か医者くらいしかいない紛争地などの子供に対して、こんなことを訊いても詮無いことではないのか。
 これって、質問力の問題では? 内容のない質問には、内容のない回答が返って来がち。だが、インタビューは大体予定調和を目指している傾向があるので、無難なことか、決まり切った答えが想像できる問いが多く投げられる。そして、大きな主語を使って恐縮だが、日本人は質問下手な嫌いがある。そもそも質問をあまりしない。手を挙げる、という行為が直接的な意味でも、隠喩でも、少ない。何と比べて? まあ、世界の総体と比べて。手を挙げて答える、質問する、は学校教育の場で形式も含めて叩き込まれる。けれども、その「自主性」は、教育する側の思惑どおりに醸成されない。下らない質問をして馬鹿にされたくない。わざわざ簡単なことに答えたくない。本当に答えが分からない。云々。しかし私は現役の教員でもなく、自分が子供だった時代のイメージを強く引きずっているので、今の学校現場が同じような状況かどうかは分からないのだけれど。
 子供の頃「手を挙げない」教室にした人間が、大人になって突然質疑応答に長けるとも思えず、講演会やイベントなどで「質問のある方は挙手願います」に反応するのは、一部の人で、訊くことも頓珍漢だな、としばしば思ってしまう。つまり、やはり質問下手なんである。そして手を挙げずに聞いている私は「そんなこと、ここで訊くかなぁ」とちょっとうんざりする。が、自分が特に質問熟練者だと威張っているのでもない。でも、下手なこと訊きたくないな、と内心では思っている。自信を持って質問したいときには当ててもらえない……。
 だが、やはり子供時代の教育方法や、社会の有り様が、質疑応答に対して成熟していない。「議論」と「二元論の言い合い(もっと言えば口喧嘩)」が同義になっている。欧米などではとにかくアピールしなければ存在意義を疑われる。言葉を発しないと、いないも同然。だから「馬鹿みたい」と思われようが何しようが、手を挙げる。日本人は言語発出しなくても、他で傑出していれば一目置かれると信じている。例えば、芸術作品、スポーツ。いや、その分野で秀でていても、言語化する能力が伴って一流と認定される。だから、芸術分野で作品や演奏が際立っていても、訊かれたことに的確に反応できなければ「クオリティ(出来る人)」と受け止められないのだ。

©Anne KITAE

 作品が語ってくれる、言葉に出来ないことを表現している、とか呑気なことを言っていては、駄目である。「何故この色で描いたか」「何故、この音をそう弾いたのか」なんて答えようもないような質問にも言語で答えてこそ。だってね、批評だって、評価だって言語で成されるんだよ。そこに反応できないなら、発表の価値はない。芸術の発現は、それをする側にも責任が伴う。それこそ質問力の極めて低いものにも対応しなければならないのだ。どんなに陳腐な質疑になったとしても、だ。

 一方、答えたくないと逆質問するという手が最近横行。気持ちは分かる。特に「勉強不足のくだらねえ質問」と思われる場合に、まともに答えられっか、という意思表明でもある。そんなこと言うなら、あんたはどう考えているんだよ、と。
 でも、それも不毛なんだろう、コミュニケーション論は好きじゃないが、スキルとして低い方法なんだと思う。どうやって、対立項としての議論を深められる術を身につけられるのか、多くの人が知りたいはずだ(私も!)。論破すればそれで全て決着すると考えるのも建設的ではない。なんて言っているうちに、どんどんと言論は衰退していってしまう。言葉で殴り合いをするのが格好良いのではない、という知性が一般的になれば、質問力も向上するだろうか。
 評論・批評文化の浸透が期待できない社会になってしまうのも、同じ土壌の問題なのだ。言語の暴力で血みどろになるのを客観視して快哉を叫ぶ層も存在するのだろうが、冷静な丁々発止を受け止める訓練は殆どされていない。二派に分かれて相手を負かす討論大会などは、必ず反論が存在するということを理解するのには役立つだろうが、相手の身になる機転や柔軟性は培われないのではないか。その言動が刃として人を傷つけるかも知れないという想像力の欠如が攻撃性ばかり生む。非難からしか反論が成立しなくなる危惧があるし、言論が平面化する。
 危険だし、つまらないと思うんだけどな、それ。

©Anne KITAE


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?