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追憶

時刻表も見ないで待つ電車

いつから渋谷から何も見ないで家に帰れるようになったっけ

すっかり東京で暮らすのも慣れたはずなのに

人の中に紛れることは未だにできずにいて

誰かの手を必死に探している


バケツをひっくり返したような雨に濡れた朝

びしょ濡れのスカートが脚に張り付いていた

こういうとき

私は決まって一人きりで

雨の止んだ空は一点に落とした絵の具のように

青空が見えていた


運命というほど簡単ではなくて

偶然というほど単純でもなかった

6畳の部屋はほとんど私の荷物で埋められ

やけに存在感のあるベッドは

右側だけ少しくぼんでいる

数年前の私からすれば信じられないことの連続で

東京っていうのはやっぱり、凄い街なんだと

ありきたりなことを思いながら

返ってこない連絡を待ち続ける


人生のほんの一瞬のふたりきりを

直向きに信じていた

鍵の開く、乱暴な音さえ愛おしかった

ほんの少しの動きで目を覚ましてしまう君を気遣っていた

いつもお腹を空かせている君のためにと作ったおにぎりを捨てた

今も、君を考えて夜を更して

ふたりで見たくだらないYouTubeをひとりで見たりしてる


幸せは両手で抱えられるだけで十分に

溢してしまえば気付けないもので

考えれば、身に余ることばかりだったはず

人は生きるほどに欲張りになる

鉢からいなくなった金魚の理由を

見つけたような気がする

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