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マスク美人

───人は、見えない部分を自分の理想像に当てはめる習性があるようだ。それは、物事を都合よく捉えることによるストレスから回避、一種の防衛本能と言えるのかもしれない。

私は片瀬絵里奈。都内の広告代理店に勤めるOLよ。今のご時世、マスクの着用が当たり前になってしまって私は損をしているの。世の中にはびこる「マスク美人」ってのが本当に気に食わないの。そんな棚ぼたみたいに男達からチヤホヤされる女子達を「コロナデビューちゃん♪」とでも呼んであげたいところだわ。

私は大学時代にはミスコンで優勝。在学中は業界一位二位を争うファッション雑誌の人気モデルでもあった。それなのに、、なんで顔の半分も隠さなければならないの?私はもっと、みんなに見てもらいたいの。ここにいる女子達とは断然にレベルが違うんだから。

「片瀬さーん!ちょっと来て!」

典型的なマスク美人上司、篠塚君子。目元は化粧でバッチリごまかして、パーマをあてたロングヘアで輪郭を隠し、口元はマスクで覆う。百歩譲ってマスクさえつけていれば歳の割には男を騙せるレベルではある。それは認めてあげる。

「は〜い」

「あなた、例の企画のリサーチ、もうまとめてあるの?」

「あ、、あと少しで出来上がるんですが、、」

「早く仕上げてちょうだい!そんなペースじゃ納期に間に合わなくなっちゃうわよ?」

「分かりました〜、、」

せっかちでうるさいおばちゃんだ。何かと、あれはまだかこれはまだかとせっついてくる。私がその気になればそこらへんの仕事の速い男に頼み込んであっと言う間に片付けちゃうことだってできるんだから。

「明日までにできる?」

「あ、はい、、なんとか、、」

(くたばれ、ブスが、、)

マスクの内側で口を動かした。
世間ではマスクを着けることで不細工な口まわりが隠れて「マスク美人」になれるってメリットがあるみたいだけど、私にとってはこれがメリット。マスクの内側からなら本人を目の前にしても悪態がつける。最高のストレス解消ツールってわけ。そのくらいならこの時代の恩恵受けてもいいでしょ?


今日はもうかったるくなっちゃった〜。

明日までの仕事も男に任せよ〜。

「もしもし高橋く〜ん♪ちょっと今夜お仕事手伝って欲しいんだけど、、うん、、うん、、分かった♪じゃあ21時に例のホテルね♪ありがとう♪」

男なんて馬鹿だから簡単なの。
一晩一緒に寝てあげるだけでな〜んでもしてくれるんだもん。そしてお金も一切掛からない。ほんと人生楽勝だわ〜。「マスク美人」なんてただの幻想よ。マスク外したらバケモノなんだから!ははっ♪笑えてくるわ。生き残るのは本物だけよ♪


えっと、、ホテルの行先はっと、、
グーグルマップってのもよく分からないわね、、、この交差点を渡って、、左を曲が、、、、


キーーーーーーーっ!!!

ドンっ、、


ピー、、ピー、、ピー、、

「顔の下半分に大きなダメージが、、、」

「オペにも限界があるが、最善を尽くそう。」

私はホテルに向かう途中、ながらスマホをしていたことで大型トラックと接触し、一命は取り留めたが、顔の下半分に大きなハンデを負うこととなった。

2ヶ月の療養を経て、何とか職場に復帰することができた。あの事故の後は私自身の浮足立った姿勢は改心したつもりだ。これからは粛々と、自分のできることをしっかりやっていくつもりだ。

「片瀬さん、大変だったわね。今は無理せず、できないことがあれば私に遠慮なく言ってちょうだいね」と、上司の篠塚。

私は今まで何を勘違いしていたのか。人を蔑み、自分を昂ぶり、、この業界での活躍が途絶えない篠塚さんのもとで働きたいと願っていた入社当初の感情が蘇り、涙を抑えることができなかった。

私はこの職場に身を尽くし、自分自身を立て直そうと決意した。


その日の業務を終え、会社のセキュリティを潜り路上に出た時、一人の男が立っていた。高橋だ。

「片瀬さ〜ん、あの日以来しばらく連絡途絶えてたんで心配しましたよ〜。結局あの日、ホテルにも来てくれなかったし、、ずっと待ってたんですよ?どうしちゃったんですか〜?」

「あ、ごめんね、、」

「ま、いいですよ♪にしても、、相変わらずお綺麗ですね♪今から一緒に飲みませんか?その後 、、ホテルでゆっくりしましょっか?」

「あ、、ちょっと今日は、、」

「まぁまぁ!とりあえず、その美貌が薄れちゃうんでマスクなんか外してくださいよ!」

「『マスク美人』って思われちゃいますよ?」


もしも今、たった一つだけ願いが叶うのならば「この世界から消えていなくなりたい」

そう思った。



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