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【書評】こんなんいかが?

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忘れた頃になんども読み返す愛すべき紙の束。カバーについた手指の脂、紙の匂いと手触り。それはともに過ごした時間の記憶。本はもはや生きもの。
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2023年5月の記事一覧

「装いせよ。我が魂よ」果敢にしてオトコマエな小川洋子と山田詠美。魂が美しくあるには、装いこそ必要。

「装いせよ。我が魂よ」果敢にしてオトコマエな小川洋子と山田詠美。魂が美しくあるには、装いこそ必要。

「文学は懐が深い。テーマにならないものはない」
 作家の小川洋子さんはそう言い切る。それでも自身、苦手な分野があるといいます。
 それが「性・官能」をモチーフとする分野。
 
 なるほど、上品なイメージがある彼女の作品。でもそれとは裏腹に、弟の肉体を密かに慕う姉だったり、妊娠した姉に殺意を抱く妹だったりと、書くテーマは禁断領域に軽々と踏み込んでいます。
 透明感をまとった穏やかな言葉遣いに身を任せ

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「片腕を一晩お貸ししてもいいわ」 川端文学のパワフル&誠実なるも危うい美。

「片腕を一晩お貸ししてもいいわ」 川端文学のパワフル&誠実なるも危うい美。

 小説の冒頭、さらには最初の一行というのは、いわば物語の顔。
 これが印象的だと、物語の世界に一瞬で入り込めます。
最も有名なのが川端康成の『雪国』だけど、これに限らず川端はとくに短編における冒頭がすこぶるパワフルなのです。
 たとえば、『片腕』の冒頭。

 ありえないことをありえない世界の中で描くと、ファンタジーが予定調和の域を出ない。
 そうではなく、このように不条理を強引にして繊細に

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町田康「しらふで生きる 大酒飲みの決断」 酒を憎んで人を憎まず。

町田康「しらふで生きる 大酒飲みの決断」 酒を憎んで人を憎まず。

作家・町田康さんは30年大酒飲みを続けてきました。
 その彼が数年前、ふっと酒を絶って思うことを書いたのがこの本。
 脳はアルコールの何を欲するのかということから、「さびしく閉じた」人間の悲哀を語ります。

 つまり、何を持っているか知らんが「自分は大した人間であるはずだ」というカン違い野郎だけがアルコールに走り、また、適応障害や鬱になるという話。

 周りはその「持ちもの」にのみ目がくら

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「働かないアリに意義がある」 まだ本気出す時ではない人たち=「引きこもラー」の正しい存在意義。

「働かないアリに意義がある」 まだ本気出す時ではない人たち=「引きこもラー」の正しい存在意義。

「働かないアリに意義がある」長谷川英祐(進化生物学者)ヤマケイ文庫

 サブタイトルが「社会性昆虫に学ぶ、集団と個の快適な関係」とあるように、「働きアリ」の集団生態の様子を人間社会に例えながら解説した本。
 
 長谷川さんは進化生物学者なのですが、どうも、人間の社会学に関心が強い方のよう。
 社会というのは階層(ヒエラルキー)のこと。
 アリの社会なら、一匹の女王蜂がいて、周りにオスの働きアリがた

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ずっと思春期でいたいヒトたち=世界に違和感を感じる人が、世界をカッコよく承認する方法。

ずっと思春期でいたいヒトたち=世界に違和感を感じる人が、世界をカッコよく承認する方法。

「君と世界の戦いでは、世界に支援せよ」加藤典洋 1988年 筑摩書房

 加藤典洋は「敗戦後論」で有名になった文芸評論家です。

 この本は村上春樹や安部公房、フローベールを採り上げて、文芸評論のテイストのまま社会批評に挑んだ意欲作。「敗戦後論」はこの勢いを駆って生まれたと言っても過言ではありません。

 社会に出てまだ間がない頃にむさぼるように読んだこの本。
 「君と世界の戦いでは世界に支援せよ

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