終わりかけの恋

 毎週恒例のデート。
 
 仕事が早く終わる日は金曜日から会って、そのまま週末を一緒に過ごす。1年近くも続けば、マンネリ…というほどではなくても、手抜きを覚える。例えば、前日の夜にたっぷり化粧水をつけなくなるとか、下着がレースじゃなくて機能性を重視したものになるとか。

 ルーティンのようになっていたけれど、今回はちょっと違う。始まりも思い出せないほど些細なやりとりがこじれにこじれ、毎日していたラインも、ここ数日はお店を決めるやり取りのみ。


 レストランの前で、小さく息を吐く。扉を開けてくれた店員さんにお礼を言い、予約名を伝えて案内された席に、彼はまだ来ていなかった。
 ベリーニを注文し、化粧室に向かう。鏡の前に立って、身だしなみをチェックする。ファンデーションはよれていないか。まつげは綺麗にセパレートしているか。アイシャドウのグラデーションは?
 いつもの食事前だったらしない口紅を丁寧に塗る。ディオールのウルトラルージュ777。朱赤に彩られた唇を確認し、鏡の中の自分と目を合わせてにっこり微笑み合う。大丈夫。食事をしたら口紅は落ちると分かっているけど、綺麗な姿で会おうと思えるくらい、好きな気持ちがある。

 席に戻り、最近入れなおしたアプリを開く。大して考えもせず、画面に映る男性を右と左に振り分ける。
 大学生のときが3年、そのあとが2年、この彼氏がもうすぐ1年。経験人数が増えるたびに、付き合う期間は短くなっていく。誰でもいいわけじゃない。2人同時進行だったことはない。毎回、ちゃんと好きになって、ちゃんと冷めてる。

 「失礼します」と店員さんがピンク色のカクテルをテーブルの上に置く。ケータイをしまって、口紅が落ちないように口をつける。
 入口に彼の姿が見え、意識的に笑顔を作った。


 同じくらい食べるのが好きで、お酒も飲む。彼と付き合ってから、食の趣味が合うのは楽しいと知った。彼は食べログで美味しいお店を探すのが上手くて、毎回外れない。私はメニューの中から、料理と合うお酒を選ぶ。それを飲んだ彼が「美味しい、さすがだね。」と褒めてくれて、「お店を選んだ人のおかげだね」と返すのがお決まりのパターン。

 今日は話も弾まず、何を言ってもそっけない返事しか返ってこない。
 女友達と来た時に食べた生パスタが美味しかったからという理由で私が選んだ店だったけれど、気分じゃないと言われたので、テーブルの上にはサーロインステーキが横たわっている。
 彼は2、3切れ食べただけでお腹いっぱいと言って手をつけようとしない。だったら何で頼んだの、という言葉を、冷えた肉と一緒に赤ワインで流し込む。

 綺麗にキマった化粧とか、ツヤツヤした爪とか、お気に入りの下着とか、自分でもここ最近で一番かわいいと思える仕上がりのおかげで高めだったテンションも、跳ねているバスケットボールを手で押さえるように下がってしまった。
 もうだめかな、と頭の隅でぼんやりと思う。けど別れたらおいしいご飯とお酒を楽しむ相手がいなくなってしまう。でも、付き合ってても楽しくないなら、アプリの中の可能性に賭けた方がましなのでは?


 「ちゃんと話し合おうよ」
唐突に切り出され、驚いて彼の方を見る。は?と言うのは辛うじてこらえたけど、顔を作る気にはなれなかった。この言葉はこれからも付き合いがあることを前提にしてる。
 けど、いまの流れで、未来なんて想像できない。小さなことで険悪な雰囲気になって、外見を取り繕って、気を使いながら時間を過ごすのはめんどくさい。

 結婚するなら友だちみたいな関係が理想だよね、と彼が話しているのを思い出した。その時はあえて否定しなかったが、出会ってすぐ、友だちには見せないような甘えた態度やだらしない姿をさらしたのに、どうやったらそうなれるんだろうか。


 「いま、ここで?」「話しにくいなら、俺の部屋で」
用事がある場合は事前に話す決まりになっているから、今さら泊まりに行けないとは言えない。終わらせたいのか、終わらせたくないのか、すぐには決められない。

 沈黙の中、アプリにメッセージが来たことを知らせる音が響いた。


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