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30年ぶりに袖を通した赤いコート

  何度もnoteの記事で触れて来たが、今月でブラジルに移住して30年の年月が経った。実際に日本を離れたのは1994年の5月14日の土曜日。日本は連休が終わって、時折初夏の日差しが感じられる頃だっただろうか。

 しかしながら、行き先である南半球の国、ブラジルの季節は全く真逆。日本から見れば立派に南国となるわけだが、私が到着するその時期にはそれなりに冷えると聞いていた。遡ること半年前のブラジルの夏、結婚の準備で彼の地を踏んだ時に、夫となる人のもとに夏の衣服は置いてきた。日本の1月には必要ないものだったから。

 ブラジルの冬の寒さってどの程度なのだろう。今のようにネットで気軽に検索できない時代のこと。本格的な移住で持ち込む冬の衣服のセレクトのため、出発前に相当頭を悩ませていた。何でもかんでも持ち込めるのなら苦労はない。荷物の超過料金を取られない範囲(スーツケース2個分と制限重量内)で、着いてすぐの暮らしに不自由しない程度の服は持っていたい。

 簡単な普段着はもちろんのこと、勤め時代に愛用したスーツやワンピース、ジャケット、薄手のセーター、サイズ合わせが難しそうなボトムスなどを厳選した。そこで「はて?」と困ったのがコート類。どの程度のものが必要なのかさっぱり見当がつかなかった。

 ブラジル移住を目前に控えた春先に、クリーム色のスプリングコートは買った。ボタンが無くて、共布のベルトを結んで絞るロングコート。軽くて春らしい色合いで、退職の時の淡いピンクのセットアップの上にふわりと羽織ったり、なかなか良い感じだった。少々お値段が高くて(私的に)買う時に迷ったのだが、これならブラジルの真冬でも大丈夫かな?そんな感じで荷物に入れたのだった。

 しかし、持って行くべきか置いて行くべきか......考えてしまったのは赤いウールのコートだった。このコートの丈は短め。袖口、襟共に黒で、表に見えるボタンはトップの大きなもののみ。フワッと広がったまま着てもいいし、共布のベルトできゅっと結んで着てもいいガーリーなデザインだった。ついつい無難な色を選びがちな私にしては、赤は珍しく大胆な色だった。

 このコートを私に勧めてくれたのは、当時の職場の先輩だった。週末に何かの用事で一緒に出かけ、何処かのデパートで物色したように記憶している。

「きょうちゃんにはこれがいいよ。偶にはこんな色のも着てみなよ。」

 試着すると、想像していたほど悪くもないみたい。お値段的にも手頃だった。オシャレな先輩のオススメならまぁ良いだろう。そんな気軽な気持ちでそのコートを購入、るんるんと帰宅した。

 因みにその先輩のイメージカラー(自他共に認める)はショッキングピンクだった。服はもちろん、様々な小物類(財布など)、口紅ももちろん同色のもの。指先を彩るショッキングピンクは当時の私にはとっても大人っぽく、ちょっと艶かしくも見える禁断のカラーだった。

 ただその色が好き、というだけでなく、色白のその先輩には艶やかな色がとてもよく映え、5つ上の年齢を考慮しても無理なく似合っていたように思う。

 結局、二回の冬を共に過ごしたその赤いコートをスーツケースに詰めて私は日本を発った。でも、すぐに迎えた冬も、その次の冬も。その先の冬も。。私がサンパウロでそのコートを着ることは一度もなかった。

 そのコートの存在すらすっかり忘れたまま、年月は流れた。最初の引っ越しでは確かに連れて来た覚えはあるのだけれど。今回の引っ越しの後、あるきっかけで「そういえばあのコートは?」と思い出すもいくら探しても見つからなかった。断捨離してしまったのだろうか。。そんな記憶もないけれど、取っておいた覚えもない。

 思い出すきっかけをくださったのはかわせみ かせみさんだった。


 思い出の、お気に入りのコートについての記事を書かれていた。そのうちの一着が赤いコートだったそうだ。幼少期を過ごした米国ニュージャージーで、お母様が着られていた、落ち着いた色味の赤いコート。その当時赤やピンクが好きではないお子さんだったそうだが、このコートは好きだったと。

 大人になり赤やピンクに抵抗がなくなり、ご結婚後に大好きだったそのコートをお母様から譲り受けたそう。結局母娘それぞれが15年ほど愛用したそのコートを手放されたとのことだ。たまたま残っていたコートの写真、そしてご自身のイラストでコートたちを懐かしむ様子が微笑ましい。

 私は母から衣服のお下がりをもらうことはほぼ無かったので羨ましく記事を拝読した。イラストもこんなふうに描けたら、物を手放しても思い出はずっと残るのにな。

 それが今週になって、夫が何か探しもので開けたスーツケースの中にあのコートが入っていたというではないか!

30年経ってもきれいなまま
コートが発掘されたのは火曜日

 娘が中学生くらいだったら、着ても可愛いかったかもしれない。今は私よりひとまわり体格も大きいバスケットウーマンなので、肩幅も着丈も合わないだろう。

 そんなことを思いつつ、恐る恐るコートを纏ってみた。元々ゆったりとしたデザインだし、下にモコモコのセーターを着ているわけではないのでサイズ的には問題はなかった。でも、鏡を見るとやはり今の私には似合わない。

 いっそのこと、あと何十歳か歳を重ねて、シルバーグレー、上品で可愛らしいおばあちゃんにもしもなれたら、案外しっくりくるのかもしれない。

 そんなことを考えていた週の終わりに、そのお手本のようなこの方のお写真が目に飛び込んできてそのシンクロニシティにハッとした。(↓↓↓有料記事ですが途中までは読むことが出来ます。)

 歌手の森山良子さん。年を重ねても好奇心旺盛で前向き、元気溌剌なまさに私にとっての理想の、人生の先輩。

 ジャズアルバム制作打ち合わせや、ジャズの勉強でニューヨークの大江千里さんのもとを訪ねられているという。文句なしに赤のコートがお似合いな、きらっきらなそのお姿に、

「年を重ねても人生は楽しいものよ。あなたももう少し頑張りなさい」

と背中を押されたような気持ちになった。

 私の赤いコートが陽の目を見るのはいつ、何処でになるのだろう。その日が来るまでまたね、とコートをクローゼットにしまった。


(その後サンパウロは冷えて来ています。日曜日の最低気温は13℃‼︎)

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