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《改稿版》はるきたりなば きみ とおからじ Episode 01-01

Memento mori ×佐久間イヌネコ病院・伊達組


11月上旬。
世界の観光名所に旅行客が集中する来月のハイシーズンを前に、紅葉が美しいことで知られる日本に訪れた外国人二人組がいた。初来日の彼らは世界的に紅葉が有名な関西ではなく、周囲を近代的なビル群に囲まれた観光地に来ていた。
「お前が出店で散々食って遊ぶから迷っちまったじゃねぇか」
三十代でワイルドな容姿にツーブロックの髪をマンバンに束ねているエディが、長袖シャツの袖を捲くり腕時計に視線を遣る。
いまが昼の三時であるから、外国人観光客に人気のノスタルジック漂う街並みを散策し、レトロな雰囲気漂う食堂で昼食を済ませたのは二時間前になる。現在二人は目的地である荷物を預けたクローク店に行く途中で道に迷い、観光客に人気の商店街から離れた路地裏にいた。一旦落ち着こうとエディは同行者を促して、地元の者や観光客が一息つけるよう設置されているベンチに並んで腰掛けている。
「サムライ。そりゃアンタだろう?」
エディのヘアスタイルからそのあだ名で呼ぶ、二十代のアッシュは褐色肌で過剰なほど整った顔立ちをしている。
「射的のオヤジをビビらせた奴に言われたかねぇ」
「アンタが欲しい景品全部撃ち落してやったオレに言うことねぇのかよ」
アッシュは、出店で買ったリンゴ飴の包装を解きながら続ける。
「人から与えられたら「ありがとう」だろ?」
「ありがとうございました…じゃねぇ!ホテルのチェックインに遅れちまう」
「ならホテルに連絡しろよ」
焦るエディとは対照的にアッシュは冷静だ。
「キャンセルになっちまったら……」
「なるかよ。あのリウがリザーブしたクソ高ぇホテルだぜ?」
オレのカネだと思って、とアッシュは言葉の先を舌打ちに代えてリンゴ飴を齧る。初めて食べる飴コーティングされたリンゴに琥珀色の目を輝かせる。
日本悪くねぇかも、と日本旅行を渋っていたアッシュは思った。
事の始まりは一週間前。彼らを含めて四人で暮らすシェアアパートメントの決まり「カードゲームの敗者は社会奉仕」。三つのルールをもとに勝者が奉仕内容と期日を決められる。そして従わない場合は、ゲーム参加者全員に勝者が提示した金額を支払うことになる。その決まりにより、珍しくトランプゲームでエディに負けたアッシュは、親日家であるエディのリクエストで日本に来ることになったのである。
一週間の予定で利用するホテルに携帯電話で連絡を入れているエディを横目にアッシュは、バリバリと音を立ててリンゴ飴を齧る。食べ終えたタイミングで通話を終えたエディが振り返った。
「メチャクチャ親切だったぞ!」
「そりゃそうだろ。オレでも名前を知ってる超高級ホテルだぜ」
アッシュはリンゴ飴のスティックを指で回しながら、ホテルの対応に感動しているエディに続けて言う。
「アンタと同じ部屋っていうのが気にくわねぇ」
「別にいいじゃねぇか。一緒の部屋でも2ベッドルームだ」
彼らが滞在中利用するホテルは、三ヶ月前に日本に参入したばかりの超高級ホテルだ。その最上階に位置する、外国人富裕層向けの客室に宿泊することになっている。
「アッシュ。マスターかセカンドどっちを使うか、ホテルに着いたら勝負しょうぜ!」
「無駄口叩いてるヒマがあるなら、さっさとクローク店の行き方調べろよ」
「おぉ、そうだな」
さっき使った携帯電話を持ったままだったエディは、液晶画面に指を滑らせる。しかし次の瞬間、「Oh my god!」と声を上げてアッシュに振り返る。
「充電が切れちまった。お前がリックから持たされた電話を貸してくれ」
「持ってねぇ。バックパックに入れたままだ」
「マジか…、何で持ち歩かねぇ」
「箸より重てぇモノを持ちたくねぇんだよ」
「それを言うなら「箸より重い物を持たない」だ。どこで覚えてきたのか知らねぇが、使いどころを間違えてる上に……お前のせいで道に迷っちまったんだぞ」
「さすが日本通よくご存知で」とアッシュは口端を引き上げて続ける。
「そもそもアンタがタオルショップに寄らなきゃ迷わなかった」
「タオルじゃねぇ手ぬぐいだ」
「腹減った。肉食いてぇ、日本牛?」
そう言いながらアッシュは、初めて目にする反対側にある自動販売機横のゴミ箱にリンゴ飴のスティックを投げる。
「和牛だ…、じゃねぇ!どうすんだよ」
「聞けばいいんじゃね?」
アッシュは頭に被っている服のフードを下ろしながら、ベンチから立ち上がる。そのまま背中に飛んできたエディの言葉も無視して、通行人が行き交う大通りの方へと走る。
行き交う外国人旅行客や団体の群れをすり抜け、商店街の入口で足を止める。数十分の距離を走ってきたのにも関わらず、呼吸が乱れていないアッシュは周囲に視線を走らせる。すぐにリックとあまり身長が変わらない日本人が目に止まった。
アイツにするか、とアッシュは、モデルのような容姿の男に歩み寄る。
「コンニチハ」
エディの好きな日本のドラマに登場する人物のように愛想よく片言の日本語で声を掛けた。すると、警戒することもなく男は、訛りのない綺麗なキングスイングリッシュで言った。
「こんにちわ。日本語がお上手でいらっしゃいますね。えっと、なにかお困りですか?」
「ツレが道に迷ってるから教えてやってくれ」
そう英語で言いながらアッシュは、背後に気配を感じて振り返る。
「…ハァ。アッシュ、お前早ぇんだよ、走るの」
アッシュを見失わないよう走って追いかけてきたエディは、上がった息を整えながら長身の日本人に視線を遣る。ふと何かを思い出した次の瞬間、傍にいるアッシュの肩に腕を回し揃って後ろに振り返る。
「なに?」
「なぁ、アッシュ。日本家屋ってヤツを見たくねぇか?」
エディは、有料動画配信サービスチャンネルで日本映画やドラマを観ている。そのおかげなのか、いつのまにか流暢な日本語が話せるようになっていた。
「くだらねぇこと言ってねぇで、さっさとお得意の日本語で道を教えてもらえよ」
アッシュは、突然背を向けた自分たちを怪訝そうに見つめていた男に振り返る。
「悪い」
「すまん。俺はエディ、隣にいるのはアッシュ」
「雲母春己と申します。雲母というのはですねケイ酸塩鉱物の一種でありましてラテン語では輝くという意味を持ち…あ、申し訳ありませんついノンブレスに。改めてよろしくお願い致します」
互いに日本語で名乗り合い握手交わすと、エディは夢を叶えるべく直球の言葉を口にする。
「ハルの家に行ってもいいか?」
「宜しければ是非いらして下さい。歓迎します」
少し考えてからハルは、穏やかな口調で微笑んだ。
アッシュは日本語が理解できないものの、何となくエディが言った言葉を察して、マジかよ、と胸中で吐き捨てる。次の瞬間、「エディを自由に行動させてやれ」というリックの声を鮮明に思い出す。舌打ちの代わりにチューインガムを口腔に放り込むと、満面の笑みでハルと談笑するエディにホテルをキャンセルするよう英語で声を掛けた。


賑やかな大通りを抜けた辺り、ようやく辿り着けたクローク店で荷物を受け取ったエディとアッシュは、店からさほど離れていない駐車場に停められていた雲母の車に乗り込んだ。

「随分と可愛い車に乗ってるな」
「サムライには似合わねぇ車だな」

半ば押しかける形ではあるがアッシュとエディは、招かれた「日本家屋」へと向かう。雲母の車は黒いボディのコロンとしたフォルムが特徴的なレトロなドイツ車。秋晴れのオープンカー日和ではあるが、今日はあえてホロを下ろして走ることに。

「こちらに着いてからどんな日本食をお召し上がりに?」
「昼に食堂で食べたカツ丼が旨すぎて感動した」
「オレはリンゴ飴だな。もっと買っときゃよかった」
「それは日本食じゃねぇぞ」
「別に構わねぇだろ。ウマかったんだよ」
「アッシュくん、スイーツがお好きなのですね」 

同居する恋人の伊達雅宗と、その恋人の設楽泰司に、映える(ウケる)アイテムを浅草で探している途中、アッシュとその同行者であるサムライ・エディに声を掛けられた雲母。二人を前にし、遠い昔に感じたことのある「匂い」に触れた。「違和感」を微塵も感じさせない「違和感」の持ち主たち。一般の観光客に紛れても際立つ、ただそれが何なのか、雲母にも推し量ることはできない。僕は少し仮説を立てすぎるきらいがありますね。

ルームミラー越しに視線が合ったアッシュが、「あんまくだらねぇこと考えない方がいいぜ」と声に乗せずに忠告してきた。隣に座るエディは気付いていない。どうやら配慮は要らないようですね。雲母は苦笑しゆっくりとアクセルを踏んだ。楽しげな様子で車窓を眺める二人に、運転席でにこやかに名所案内をノンブレスで行いつつ、郊外の平屋で過ごしているはずの伊達にメッセージを送っておく。

素敵なお客様をお連れしたいので、お肉とご飯の用意をお願いします♡





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