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私は私に見えている世界を具現しようと思ったのです(或いはオカダタマキ・ナビ)

はじめまして、こんにちは(あらためて)。

SNSの波と渦に揉まれて表現したいことと自己顕示欲と(自分が感受できる)本当にうつくしいものの間で溺れそうになりつつも、ここに私の「世界」を再構築する試みとしたいのです。

【私について】

元開発援助ワーカー、現在主婦、アゼルバイジャンのバクーに住んでいます。これまで暮らした国は10カ国強くらい、旅をした国は50カ国弱くらい、2乃至5年で居所を(国単位で)変える生活をもうずっとしています。趣味は料理と旅行と写真、どれも自分の生活に溶けていて、それと同時にどこか芸術性を追った自己表現でもあります。今の生活の心のゆらゆらと、その中で獲得でき(つつある)た結晶について、少し長く書いたのがこの記事です。

【書くこと】

物語を綴ることと真摯に向き合って見るきっかけとなった出来事が、2つあります。その一つは、「14歳の世渡り術」と冠する『私の外国語漂流記』(河出書房新社)に寄稿させてただいたこと。

「言葉は万能な道具ではないけれど、灯りのように人を温め、今いる場所を示し、進む道を照らしてくれる。これはそんなふうに海をわたり、外国の言葉にふれた二十五人の記録です。」この語りかけで始まるこの本は、私が生涯の人生の相棒(スプートニク)としてきた、言語への情熱を体現しています。その中で私は『外国語を学ぶことで、中学生の私が手に入れたものと、今の私の目の前に見える世界』というタイトルで書きました。14歳のみんなに向けたアドバイス、というよりもそれは、14歳だった自分が、旅路のいちばんはじめに考え感じていたことを、自ら辿り、その軌跡を再びなぞったような経験でした。それは、とてもとても貴重なものでした。

そしてもう一つは、今年の3月。折しもコロナ禍の自宅軟禁下、自分と向き合う時間がたくさんできました。そんな中に綴った、自分の里程標のような作品がこの一片です。

私が信じていることの一つに、「人間の共感する力」があるのですが、ものがたりという形式をとることによって共感する作用が強まり、人々の意識改革や行動変容にまで及ぶ力となって、ひいては社会に変化をもたらす原動力になってくれる、そんな世界を夢想しています。

【ものがたりとエッセイ】

noteというプラットフォームは、まとまった文章を書くのに適しているので、書き始めて初めて、これまでSNS上に散り散りに書いてきた短文とは違う、深く思考しその帰結をつぶさに言語化する過程を味わいました。書いているジャンルは、短いものがたりと、自分の記憶を編み直したエッセイが主です。

1. 掌編小説

世界のいろいろ場所の思い出と、創造したものがたりが交錯する、覚えていた夢のようなお話を集めました。

2. エッセイ

まずは、世界中を旅するように生活する遊牧民のような生活の中で、その自由で気ままな空気と、凍るような孤独の両方を、一緒に過ごした友人たちとの思い出を、主に綴ったエッセイ集です。

旅に出るというのは、実は多くの人にとって止むに止まれぬ希求のようであったり、浮かされた熱病のようであったりするもので、皆それぞれ各々の旅の目的やかたちがあるものです。これはその一つ、私の例、たとえばね。

暮らす国や場所が変わっても、変わらない生活習慣があり、その日常の積み重ねが、実は自分を作っていて、それが(微力ながら)世界と繋がっているように思います。その小さなきっかけを、あなたと共有するために。

【食べること】

私にとって、料理すること、食べることは、人生の情熱の大部分を占めていて、大事な自己表現の一つでもあります。

そんな食べること、作ること、にまつわるものがたりのようなエッセイを、纏めました。ちょっとした料理の手順や、レシピのインスピレーションになるような、生き生きと動くレシピブックでもあります。

「ディアスポラの食卓」というプロジェクトに、ずっと取り組んでいて、難民や移民として故郷や故国を遠く離れて暮らすお母さんたちの台所にお邪魔して、故郷の料理のレシピを記録しています。慣れない土地の見知らぬ食材で再現するそのレシピは、まさに心の食べもの。そして、異国の地で暮らす私が作る和の食卓もそんなレシピのひとつ。そんな海外和食のレシピを集めました。

アゼルバイジャンで暮らしていますが、だいたい毎日夫と自宅の自分用に、日本風のお弁当を作っています。小さな容器にぎゅっと詰まった小さな世界。そんな日本の文化の一端を紹介したくて、英語でも短い読みものとレシピをInstagramに書いています。

【写真に遺すこと】

ごく幼い頃から、写真を撮るのが好きで、その目に見えたものを、自分が見えたそのままに記録することに、ずっとずっと夢中でした。私が見てきた景色を私だけのフィルターを通して表現することを、目指して。

家の周りのなんてことのない日常の風景を写した、一片のTwitterのポストを発端に始まったプロジェクト。世界中に散らばる7人の仲間と、少しプライベートな、手触りと体温のある、お手紙のようなフォトエッセイ集です。

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