ニギハヤヒの伝承地を訪ねる③　大和郡山市で『「日本書紀』と〝物部氏〟の因縁を考えてみた。

2024年3月8日 08:30

「饒速日尊、天神の御祖の詔を稟て天の磐船に乗りて、河内国の河上の哮峯に天降り坐し。すなはち大倭国鳥見の白庭山に遷り坐す。」

先代旧事本紀せんだいくじほんぎ天神本紀抜粋

　饒速日命にぎはやひのみことが宮居した 鳥見とみの白庭山に関する伝承地がいくつかあります。今回は、大和郡山市矢田地区の伝承地を訪ねました。生駒山地の麓に広がる矢田丘陵には、哮峯たけるがみねに天降った饒速日命にぎはやひのみことが宮を決めるために３本の矢を放ったと伝わり、それが〝矢田〟の地名の由来とも言われています。

二之矢塚
順番前後しますが、二之矢が落ちたのは矢田坐久志玉比古やたにいますくしたまひこ神社。

ご祭神は櫛玉饒速日命くしたまにぎはやひのみこと、妻の御炊屋姫命みかしきやひめのみこと

一之矢伝承碑
　神社から南へ500mほどのところにありました。これを探すのには苦労しました（泣）。碑の近くに主人神社ぬしとじんじゃがあります。

主人ぬしと神社　饒速日命にぎはやひのみことの妻で長髄彦ながすねびこの妹御炊屋姫みかしきやひめ（日本書紀は三炊屋媛）を祀ります

　
三之矢伝承碑
　神社から北へ500mのところにありました。
こちらには伝承邪馬台国想定地と記された碑もあります。

　正直私はこの地が邪馬台国だとは思えませんが、饒速日命にぎはやひのみことを祖神とする物部氏の拠点があったかも知れないとは思います。

　富雄丸山とみおまるやま古墳から、過去に類を見ない盾形の銅鏡や蛇行剣が出土しました。この古墳は矢田坐久志玉比古やたにいますくしたまひこ神社の北に位置し、歩いて30〜40分の至近距離です。4世紀後半の円墳ですので、築造年代からすると佐紀盾列古墳群の被葬者と同じ時代の物部氏の墓かも知れませんね。

　「古事記」は、大和入りは神武天皇が最初と描きますが、「日本書紀」は饒速日命にぎはやひのみことが先に天降ったと記します。私は物部氏の伝承を比較的フラットに記す「日本書紀」の記述を元に伝承地を訪れています。しかし、日本書紀がなぜ物部氏に詳しいのか？という疑問もあって、いくつか考えられる事を書いておきます（全て私の推測です）。

第一の推測
　681年天武てんむ天皇の命で始められた国史（日本書紀）の編纂事業。途中、691年に持統じとう天皇が18の氏族に対して祖先の纂記さんき（氏族の系譜や事跡などを記した文書）の提出を求めます。

大三輪おおみわ（大神）、雀部ささきべ、石上いそのかみ（物部）、藤原ふじわら、石川いしかわ（蘇我）、巨勢こせ、膳部かしわで、春日かすが、上毛野かみつけの、大伴おおとも、紀伊きい、平群へぐり、羽田はた、阿部あべ、佐伯さえき、采女うねめ、穂積ほずみ、安曇あずみ以上18氏族。

平安時代に編纂されたとされる「先代旧事本紀」の元となる石上いそのかみ（物部）氏や穂積氏の記録が日本書紀編纂当時にすでにあったという推測。

第二の推測
日本書紀の完成は720年ですが、704年に右大臣となり、日本書紀編纂段階において長く太政官の最高位にあった石上麻呂いそのかみのまろ（717没）の関与があったのではないかという推測。

これに関しては、よく藤原不比等ふじわらのふひとの関与があったのではないかという話しがありますね。それもあったかもしれません。ただ、日本書紀が奏上されたのが720年。その年の8月に不比等は亡くなっています。藤原氏が絶大な権力を持つのは不比等の子藤原四兄弟以降の話し。不比等の生前は長屋王ながやおうなど皇親勢力（舎人親王とねりしんのうも）もまだ力を持っていて、不比等一人が（トンデモ説で扱われるような）歴史を大きく塗り替えることができたとはとても思えません。

第三の推測
　これは推測というより妄想ですが、矢田丘陵に饒速日命にぎはやひのみことの宮伝承が伝わることは先ほど書きました。延喜式神名帳えんぎしきじんみょうちょうに大和国やまとのくに添下郡そえじもぐん十座の筆頭社で式内大社しきないたいしゃ矢田坐久志玉比古神社やたにますくしたまひこじんじゃのご祭神　久志玉比古くしたまひことは饒速日命にぎはやひのみことのことです。また、車で10分ほど走ると饒速日命にぎはやひのみことの12世孫物部小前もののべのおまえを祖おやとする登美連とみのむらじが祀る登弥神社とみじんじゃがあります。このように当地は物部氏と縁の深い土地です。

天武天皇と舎人親王とねりしんのうが開基したお寺

　この地で、大海人皇子おおあまのおうじ（のちの天武天皇）が壬申の乱じんしんのらんの戦勝祈願を行い、即位後に祈願した矢田山に赴き開基されたのが矢田寺。そしてその南側松尾山には、日本書紀編纂の総裁を務めた天武天皇の皇子 舎人親王とねりしんのうが、日本書紀の完成とみずからの42 歳の厄除けを祈願したのが創建と伝わる大和松尾寺 。