幸運の不思議タクシー。

私は経営者だから時間効率を考える。だからタクシーにめちゃくちゃ乗る。ウソ。私はいつだって公共交通機関を利用し、徒歩で移動する。歩くの大好き。

30分の徒歩は日常茶飯事で、1日の歩数は平均約1万3,000歩だ。親からもらったこの両脚が、いつだって私をどこかに運んでくれる。

が、昨日はタクシーを使った。

急いでたので。


ある地点から直線800メートル先にいく必要があった。急がねばならない。雪の札幌、車通りは幸い多い。

めったにタクシーに乗らない人間だから、当然タクシーアプリもインストールしていない。インストールしたことがないからどう使えばいいのかよくわからない。便利なのはわかってる。でも私はタクシーに乗らないのだ。

ま、昨日はタクシーを使った。


ちょうど目の前に停まっていたのである。50代くらいの女性が運転する旧タイプの真っ黄色のタクシーが、まさにどこかへ発進しようとするそのとき、私の歩数とタクシーのスピードが合致した。

なので、おそるおそる手をあげた。

すると女性運転手さんは「どうぞどうぞ」と言わんばかりの笑顔で手まねき、後部座席のドアがバキュンとひらき、乗り込んでみるとこう言われた。


「あ〜、運がいい、運がいい!」


タクシーの運転手さんはドアを閉めながら甲高い声で言う。運がいいらしい。行き先を告げる。この道を直線で800メートル先に行った場所でおろしてほしいことを伝える。

「あ〜、運がいい、運がいい!」

運転手さんは車を発進させながら、まだ笑顔で言っている。そして私に言う。


「私は運がいいんです! お兄さんも運がいいもんね?」


えっ? と聞き返すとまた甲高い声で「運がいい!」と言うから、ちょっと気になってくる。会話がスタートだ。

「私ね、運がいいんです。1日に30人は乗せるの。毎日よ。何もしてなくてもみんな手をあげてくれるの」

「そうなんですか?」

「そうなのよ。他の運転手にね『どうしてそんなに成績がいいの? なにかコツは?』って聞かれるの。でも運がいいだけなの。私が行くところはみんな手をあげるのよ」

「それは運がいいですね〜」



最初はスマホを開いてメールを見たり調べ物をしながら聞いていた私だったが、なんだか不思議だったのでスマホをしまって話をすることにした。



「だって、いまお兄さんを乗せたでしょ?」

「それも運ですもんね」

「そうそう。運がいい。しかもお兄さん、普段タクシー乗らないでしょう?」

「えっ?」

「だってね、いつもタクシーに乗る人は手を大きくあげて『ほら客だぞ、止まれ』って言わんばかりなのよ。でもお兄さん、こーんな手を小さくして申し訳なさそうに。ウフフ。普段はタクシー乗らないでしょう?」

「おぉ〜! そのとおりですねぇ!」

「ほうら! 普段乗らないような人が乗ってくれた! だから運がいい!」

「たしかに!」


喜び話す運転手さんの視線を感じる。ルームミラーにはうつっていないけれど、私をチラチラ笑顔で見つめながら運転していることが伝わる。目の前にあるタクシーの画面広告も目に入らない。


「しかもしかも! お兄さんの行き先はこの先すぐそこ! 私が通りたかった道! ほら、運がいい!」

「そうですなぁ!」

「ちなみに、降りるときは右折します? それとも左折?」

「いや、そのまま左の路肩につけてもらえれば」

「あ〜、運がいい! 右折だったら遠回りになるけどこのままならスムーズなの! 運がいい!」

「運いいですねぇ!」

「で、私はわかるの。お兄さんも運がいい! ずっと運がいいでしょう? だって、道に出てすぐ私を見つけたもんね?」

「運いいっすわ!」


我こそ幸運の使者と信じて疑わない2人を乗せた黄色いタクシーは、赤信号も回避しながら蛇のようなスムーズさで進んでいく。


「お兄さん、あたくしこの前ね、住宅ローンを返し終わったの! 14年で!」

「14年で? え、そんなことあるんですか?」

「運だけで返したの!」


え、めちゃくちゃ気になる。おっさんが運転するタクシーなら「最近は人手不足で」とか「札幌も観光客だらけで」とか、そんなカスみたいな話ばかりだ。なのにこの人はどうだ。住宅ローンを14年で返し終えた? それも運だけで? いや、気になるって!

気になるんだけど、目的地に着いてしまった。メーターはあがらず、初乗り運賃だけだった。


「ほら! お兄さん運がいい! メーターがギリギリ上がらなかった! 運いいわねぇ」

「運いいですわぁ!」


それじゃどうも、と言ってタクシーを降りてすぐ、人通りの多い交差点の信号をわたる必要があった。驚くべきことに、タクシーを降りて顔を上げた瞬間、信号は青に変わった。

マジかよ、と思って「いまのタクシーはどこの会社だ!?」と確認したくなり振り返ると、タクシーはすでに発進してしまっていた。


あの不思議なタクシー、今日も札幌のどこかで幸運を乗せて走ってるはず。また乗りてぇ。


〈あとがき〉
あんなタクシー初めて乗りました。最初から最後までずっと「運がいい」って言ってニコニコしてるんです。あのおばちゃん、運を引き寄せる人の全ての要素を持っていそうで、不思議でした。つまりは自らを運のいい人間だと信じ込む、ということですが、私も運がめちゃめちゃいいです。今日も最後までありがとうございました。

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