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「奈落暮らし」4日目-0727

 妥協の問題について考えている。

 例えば私が奈落で最初から暮らしたかったのかと言えば、それはもちろんNOである。そもそも公共劇場である吉祥寺シアターが、そんなアヴァンギャルドな依頼はして来ない。企画した公演を中止にするのがただただ嫌だった。これ以上誰かの悲しい顔をみたくないから、ひとりで出来ることを選んだ。なんて消極的な理由だろうか。
 例えば私は昨年から、登場人物が15名を軽々と超えるであろう戯曲を書き進めていた。戯曲というものは、上演をモチベーションとして書き進める劇作家が大半だと思うが、東京都の現状を鑑みて、この作品は執筆途中の段階で冷凍保存されている。
 例えば私が演劇をやっていて良かったとしみじみ感じるのは、私の内面を変えてくれる未知の誰かと出会うことにあった。感染症が流行すると、既知の誰かとの繋がりが強化される。未知の誰かとのコンタクトをこれから行う困難さに打ちひしがれる。

 私がもし、一切の妥協をせずに、3月以降の仕事に臨んでいたら、その全ては中止になっただろう。急な坂スタジオでの劇評連載を潔く諦めて、プロデューサーの加藤さんとの往復書簡にする。現代詩手帖の劇評連載で〆切までに新作の演劇を1本も観ることが出来なかったので、別役実「象」など今こそ読むべき名作戯曲を紹介する。劇場祭だって、からっぽの劇場こそ最高の姿だ! なんて思っているわけではない。出来ることならすべての客席が埋まっていて、素晴らしい上演を行い、万雷の拍手を受けることが明らかに望ましい。しかし私が実際に目撃したのは、吉祥寺シアターという数十回は通ったであろう愛着のある劇場が、誰もいないからっぽの状態で、数ヶ月存在し続けているという厳しい現実だった。だからせめて、この美しいからっぽさを誰かに伝えよう、と考えただけで、これが次善の策なのは確かだ。今も誰もいない舞台の下の奈落で、この文章を書いている。関係者以外に、奈落にいる私の姿を見た者は、まだ誰もいない。

 徳永京子さんの7月26日のツイートを引用する。

 7月第1週に数本の舞台を劇場で観て、その時は、こうした状況で公演を敢行した下駄を履かさず「おもしろいかどうかで判断したい」とツイートし、実際にできたけれど、2週間後の今、もはやそのスタンスをキープできない。作品の内容とは別に、この間にさらに増えた主宰団体の負担はとても無視できない。

 これをまさに7月26日に本番真っ最中の私が引用すること自体、醜い行為であるのかもしれないが、「ベストを尽くす」ことの難しさについて、日々考えざるを得ない。今日に至るまでに、現在の感染状況を考えて、なくなった企画があった。大きな変更を余儀なくされた企画があった。途中まで大丈夫だと捉えていたが、結局は実施出来なかった企画があった。どれもが魅力的な企画で、その判断をするのには、慎重な議論を要した。
 劇評がとても書きづらい。この人たちは私の目に見えないところで妥協したのではないか、いや、きっとしただろう、私もした、今の東京はそういう状況だ、みたいな思考がどんどん入り込んできて、たとえそれが面白くなくても、酷評を書きづらい。急な坂の加藤さんと今後の連載について打ち合わせをしたとき「今、様々な過酷な状況に晒されながら、なんとか上演にたどり着いた人たちへ酷評を書くと、そこで心が折れて、もう二度と作品を作れなくなるかもしれない。それぐらい作り手の心が追い詰められているかどうか、作品を観ただけでは、私たちにはわからない。」という趣旨のことを言われたのが結構ショックで、未だに記憶に残っている。そんなことはない、ととっさに反論できなかった。そんなことは、あるかもしれない、と納得してしまったからだ。ただそれは同時に、劇評が思ったとおりに書けないという妥協を意味することになる。だから、私はある時期から、ほとんど劇評を書かなくなった。単純に仕事がなくなったことも多いが、気分として、書けなくなった、と言ってもいい。
 
 これは劇評ではない。奈落で暮らしているうちに過ぎ去っていった、雑多な思いに過ぎない。だから忘れてくれ。この一時的な気の迷いを忘れてくれ。僕もどこかで忘れる。世界がそれを許す世界になったら。


◎オマケ

 吉祥寺シアター最寄りのローソン。たった今気づいたけど、奈落で暮らしていると自炊が出来ないので、自動的に不健康な食生活になりがちな気がする。当然過ぎる。

<昼食>
ドライカレー&焼きそば

たまに弁当50円引きクーポンみたいなやつ出るじゃないですか、で、特に何も考えずにローソンに入って、クーポンもうすぐ切れるからせっかくだから使おうってなって、適当な弁当買って後悔することってないですか? これはまさにそれです。あー、そうめん食いてー。ミスったー。

<夕食>
サラダチキン ハーブ
★★★★

サラダチキンダイエットについて調べたら、普段の僕の食生活と特に変わらなかった、という時期がありました。それぐらい好き。ファミマとセブンとローソンで地味にサラダチキン戦争してるよね。食感は、セブンのほうが好きかな。いやどうだろ。

いただいたサポートは会期中、劇場内に設置された賽銭箱に奉納されます。