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「奈落暮らし」2日目-0725

 奈落にひとりで閉じ籠っていると、否が応でもこれまでのことを思い返す時間が多い。「奈落暮らし」が始まる前日まで、とにかく目の前で発生する様々な出来事に迅速に対応し続け、疲弊し、とてもではないが過去のことを悠長に噛み締めている時間なんて生まれなかった。今はそれがある。映像を観ている時間と、このように文章を書いている時間、あとキュレーターとして来る連絡に対応する時間以外は、私に特にやれることはない。奈落の上でせわしなく動いているスタッフたちに「手伝いましょうか?」と一声かけるわけにもいかないのを申し訳なく感じながら、今日までに起きたいろんなことを、各々の話を、ひとつひとつ、思い出しては、ため息をついていた。引っ越し直後に無造作に積まれたダンボール箱を手当たり次第に開けていたら、アルバムが出てきて手が止まったような感覚だ。

 私は4月の時点から、同世代の演劇人と比べても、コロナについて相当怖がっていた。身体に免疫の異常があることをあらかじめわかっているので、死亡リスクが健康な人間がかかるよりも高くなることを、ニュースで知って震え上がった。だから私は3月末の時点ですでに渋り始め、4月の初旬だったか、このままの状態でフェスティバルを行うことは出来ない、と吉祥寺シアター側に正式に伝えた。その頃の空気感としては、7月下旬から予定されている企画、しかも自分が主宰の公演ではなく劇場主催の期間の長い、そこそこ規模の大きいフェスティバルを、4月の段階で白紙撤回するというのは、少なくともあの時点では過剰反応だ、あり得ない判断だ、と絶句するひとがいてもおかしくないだろう。昨年度から行ってきた打ち合わせのほとんどすべてが無駄になってしまうのだから、吉祥寺シアター制作部にも申し訳なさすぎる。それでも、そこは譲れなかった。コロナが猛威をふるい続ける日々がただただ恐ろしかった。本格的に動き出す前に中止にすることで、せめて関係者の痛みを軽減しよう、と思った。お通夜のような暗いzoom会議を終えたあと、私は半泣きで布団にダイブした。しかし結果的にその判断は今では正しかったように思う。私たちはそこで終わらなかった。

 だから今がある。明日も劇場に入ることが出来る。パフォーマンス配信が初めて行われるという意味では、からっぽの劇場祭としては、実質的に第二の初日である。ダンスを生で観るのは久々だ。最後に観たのは、2月まで遡るかもしれない。何かが込み上げて、泣いてしまうかもしれない。今度は半泣きでは済まないかもしれない。

「奈落暮らし」という企画が決まった頃、友人たちはあまりの怖がりぶりにゲラゲラ笑ったものだ。僕も流石にどうなのこれは、とつられて少し笑った。その笑っていた友人たちの公演が、第二波の影響で続々と中止になっている。そのことを思うと真顔になって、手放しに笑うことが出来ない。もう元通りの生活は諦めなければならない。たとえ常軌を逸していようと、実現可能なことを模索するしかない。それでも僕は、友人たちの公演が無事幕を開けていて、「奈落暮らし」という企画のナンセンスさに失笑するような、緊急事態宣言の頃が嘘みたいな、楽しい7月を迎えたかった。迎えたかったよ。あまり怖がらなくていいほうの7月に、今でも行きたくてたまらないよ。


◎オマケ

 今日は小屋入り前に、吉祥寺シアター最寄りのローソンで購入した。どうでもいいが、吉祥寺シアター周辺、コンビニがいくらなんでも多すぎる。よりどりみどりである。

<昼食>
サラダチキン スモーク
★★★★

どのコンビニで買っても、結局スモークがいちばん旨いという結論に落ち着く。

<夕食>
豚しゃぶのパスタサラダ(胡麻ドレッシング)
★★★

何故か「サラダパスタ」といってしまう。


チーフ・キュレーター 綾門優季

いただいたサポートは会期中、劇場内に設置された賽銭箱に奉納されます。