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「奈落暮らし」7日目-0731

 オンライン・シンポジウム『私たちが暮らしている場所の脆さ』でありえないぐらい電波が乱れ、後から聞き直したら私の声だけ非常に聞き苦しい。本当に申し訳ありませんでした。前回のオンライン・シンポジウムで一部、聞き苦しい箇所があったため、奈落からわざわざシンポジウムのために一度出て、たまに不安定になることが以前から指摘されている劇場のWi-Fiから、劇場職員のWi-Fiに変え、事前の打ち合わせでも音声チェックして問題なかったはずなのに、その対策が結果的には完全な裏目となった形である。シンポジウムの内容は良い部分が多かっただけに、私一人がものすごく足を引っ張ったようで、心が辛い。次回こそは完璧な対策をしてオンライン・シンポジウムに臨みたいところだが、果たして、聞き苦しい箇所のない回を実現することが出来るのだろうか。いや、出来るのだろうか、ではなくて、出来なければならないのである。あと、劇場職員のみなさま、私のWi-Fiが通信制限かかっててzoom以前のシロモノで、大変ご迷惑をおかけいたしました。。。
 JKアニコチェさん、キム・ヒジンさんの話を聞きながら、国と個人の関係を想像するにはあまりにも距離が遠いな、と思った。きっとこの話をちゃんとするには、年単位の時間が本当は必要なのだろう。こういう状況になるまであまり考えてこなかったことだけれど、このハチャメチャな日本の政府の対応にある意味慣れきってしまっていて(なにせ選挙権を持ってからずっと現政権なので比較対象が少ない、十代の頃の民主党政権の記憶も「枝野寝ろ」以外はほとんどない)様々な政府のあり方の知識が中学校で習った授業のレベルで止まっていて、世界で起きている出来事のニュースは文字として認識出来ても、国と個人との関係として、質感をもって想像することは出来ていない気がする。小説などでわりと知っているほうの国だと信じていたアメリカも、実際に起こっていることのほとんどがわけがわからず、改めてどうしてこうなったのか本を読んだりnoteを読んだりして、何とか現実に追いつこうとしているのだけれど、全然追いつけない。走っても走っても現実のほうが私を追い抜いていく障害物競争を、いつまでしていればいいのだろうか。ゴールテープは、少なくとも年内には存在しない、と専門家たちは言う。


◎オマケ

 レビューの執筆に追い詰められ始め、いちいちごはんを考える余裕がなくなってしまい、休憩中に吉野家に行った劇場職員の方に、ついでに弁当をふたつ買ってきてもらう。いかに考える余裕がなかったかよくわかる。

<昼食>
牛丼
★★★★

 鉄板に美味い。テイクアウトの場合、紅しょうがの袋は3つ入れるのが私ルール。

<夕食>
豚丼
★★★

 牛丼以外の何かと思ってとっさに頼んだけれど、やっぱり牛丼のほうが美味しいし、ずらすにしてももっと別のメニューがあっただろうと後悔。そこそこ美味い。


チーフ・キュレーター 綾門優季

いただいたサポートは会期中、劇場内に設置された賽銭箱に奉納されます。