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【街で見かけた看板で】#03

「ほら上級生のお兄さんと手をつないで!」
そんな些細な道徳がいとも簡単に覆ってしまった時代。
「ダメなんだよ。ウイルスが移るかも知れないから、直接触れたらダメなんだよ!」

君のことが大事だから、手をつながない。

初めてのデート。どのタイミングで彼女と手をつなぐかとドキドキしていたあの頃。映画館、座席の間でシェアするポップコーンも、劇場での飲食規制。とにかく人間らしさが損なわれてしまった。

実はここ4年の出来事なのではないのかも知れない。

汗の染み付いた剣道の防具、まわしを洗わないという風習の相撲道、我々は清潔感という言葉で多くの文化を失って来たのかも知れない。

しかしそれは、新しい文化への変化であり進化である。人類の歴史において、消えては再構築される多くの文化。

一層人間らしさが消え、無味無臭のどこかツルンとした清潔感のある動物。そもそも人間そのものが地球というモノを蝕んできた張本人。それを排除したいと望む大きなチカラによって、間引かれようとしているのではないだろうか。

体育館の裏。
「先輩…あの…これ…読んでください」
「あゴメン。俺、人の触ったモノは触りたくないんだ…」
「え!?」
「電車とかバスとかのつり革や手すりも握れないし…あとさ、ほら、他人が握ったおにぎりとかも、ちょっと厳しくてさ」
「コンビニとかのおにぎりもダメなんですか?」
「コンビニなんて、誰が触って戻したかも解らないし、棚に並べた人間が手を洗った確証なんて無いでしょ?」
「潔癖症…なんですか?」
「潔癖ではないけれど、自分以外の生命体全部が苦手というか…」
「犬とか猫とか…」
「あ〜いるよね、思いっきり口とかペロペロされてる人!無理だな…どんな細菌、ウイルスがいるかも解らないしね…」
「…それじゃあ…ずっと1人で生きて行くんですか?」
「どうだろうね…特に不自由は感じていないし…気持ち悪いでしょ?誰が触ったか解らない何かを触るのって…」
「ゴメンナサイ…先輩の考え方の方が…気持ち悪いです…」

ボケてしまった父親の排泄物を処理する。酔っ払った彼女の吐瀉物を手で受け止める。そこには揺るがない愛が存在する。清潔とは相反する場所に、実は本当に美しいものはある。普遍とも言える、人間らしい感情の起伏。

適切な距離を保ちながら、触れることを恐れ、それに伴い時代と合わなくなった道路標識。急いで変更をしたとしても、また戻って来るかも知れないルールと社会秩序。バタバタもがくことも必要。ムダも大事な社会勉強。そんなことを教えてくれる看板が、私は好きだ。

使い捨ての時代。映像も広告も。その想いも。

     「つづく」 作:スエナガ

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