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【巨大な亀が住む川】

その雄大で広くのんびりした大河には、大きな生き物がいるらしい。らしいと書くのには、目撃者が多い割に、証拠となる写真や動画がなかなか出てこない都市伝説のような話だからだ。

近くには江戸時代の浮世絵の類や美術品も多く展示されており、昔書かれたその川の絵には実は黒く大きな生命の影らしき姿もよく描かれている。

「巨大な亀!?」
「し!大声出すなよ!」
中学校の昼休み、男子ふたりが話をしている。
「兄ちゃんが見たんだって、昨日の夜」
「あの川で?…巨大って…こんぐらい?」
両手を肩幅に広げて見せる。
「バカ、そんなんじゃウミガメより小さいじゃんか!」
「バカって言うなよ、じゃあ怪獣映画に出るような?」
「それがね、ホントにイカダくらいの丸い黒い影が水面に見えたんだって。で、ポコッと頭があったから亀だとわかったみたい。ただね、暗くて写真撮れなかったって…」

その川ではこの週末、4年ぶりの花火大会が行われる。
これまでも花火で上ばかりを見ている大人と違い、下の水面を見る小さな子供が大きな生命体を見て、怖いと泣いたことがあったようだ。

「じゃあ週末花火の日に、ウチのビデオカメラ持って行くから」
「なんでビデオなんだよ。スマホでいいじゃないか?」
「オレのスマホは容量が少ないから、そんな長時間撮れないんだよ…」
彼らは兄から聞いた場所近くで待ち合わせの約束をした。

当日、夕方6時。早々にふたりが揃う。
「よお」
「おう」
「…前回は小学生だったから家族と見たんだな、花火」
「オレもだよ。あ、これウチのビデオカメラ」
「スゲエな」
「ズームも凄くて、何より夜でもキレイに撮れるんだよ」
「へぇ〜」
「花火、何時から?」
「えっと…」
チラシのプログラムを見る。ドドーン!と開催合図が鳴る。
「あ、どこだ?」
「今の合図は空砲だから見えないよ。7時だから、あと30分くらいかな…。でも凄い人出だな」
「そりゃあそうだよ、4年ぶりだぜ!」
「花火まで時間があるから、川を見に行く?」
「そうだな!今日は亀だもんな!」

ふたりはできる限り川に近づこうとするも、花火対策のバーケードで水辺までたどり着けない。
「まいったな…まだ始まってないのにこの人だぜ…」
「それに川の近くには入れないや…」
花火大会ではいくつもの橋を渡りながら一方通行でグルグルと歩かされる。
「なんだよ俺たちは花火メインじゃないのに…」
「ダメだ、そのまま人混みに流されてる」
気がつくと、暗い夜空に大きな花火が上がり、真下の彼らには頭上で大きな音が響きだした。

「ほら見て」
「お、さすがビデオカメラ!キレイに映るじゃん!」
ドドーン!ドドドーン!
「今のスゲエな!」
「あ、あっちも始まった!」
30分遅れで第2会場も始まる。
『はい立ち止まらないでくださ〜い、こちらは一方通行です。逆走はやめてください〜』
「まるで満員電車だな?」
「ゾンビにも見えるよ!」
ドドーン!
「いまの撮った?」
「どっかで立ち止まって撮りたいな…」

8時を過ぎた頃。もうすぐ一番華やかなエンディングに向けて、人波も最高潮となっている。
『迷子のお知らせです〜キャクターの絵が入った黄色い半袖と…』
「そうだよ、大きな亀!」
「忘れてた…」
「もう一周する?」
「あと20分位でしょ?せっかくだったら、ここで花火見たいかな」
「だな…最後が凄いもんな…」
ヒュ~ッ、ドン!ドドドドドドン!
「でけえ!」
「やっぱりキレイに撮れるよ!」

ドドーン!
大きな拍手と歓声が起こる。
『本日の花火大会はすべて終了致しました…皆様気をつけて…』
「はあ…凄かったね」
「たくさん撮れたよ、花火!」
手をつないだ親子が横を通る。子供が泣いている。さっきの迷子アナウンスのあったキャラクターに黄色い半袖に似ている。
「だって大きな黒いのが見えたんだもん!」
「だからってひとりで歩いたら危ないでしょ!」
「大っきな赤い花火が川に写ってて、亀さんが顔出して、花火見てたんだよ…」
「亀さんも久しぶりに賑やかだったから見たかったのよ…花火…」

夜の目撃情報が多いこと。黒い水面に黒い影。だから照明代わりの花火で姿を見えたのかも知れない。
「また来年…かな…」
「なんか来年も花火見ちゃうんじゃないかな…」
「いるよ。こんだけデカい川だもん、見たことない生き物」
「1年に1度の花火か、一生見られない謎生物か…」
「ま、花火だろうな!」
「だな」

その川の巨大な亀伝説は、次の若者に託された。

     「つづく」 作:スエナガ

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