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【二十九、三十】

「水飲めよ」
 
コンビニの前で今日3度目の嘔吐をした俺に、
蓋を開けたペットボトルを差し出してくるのは小学校からの付き合いの悪友だ
 
「いらねぇよ。チューハイ買って来てくれよ」
「まだ飲むのかよ」
「今全部出しちまったから、リセット状態。ほぼ素面。あぁ~明日バイト10時から
なのにぃ~。お前明日は?」
「朝からびっちりミーティング。まぁ夕方くらいには落ち着くから早めに切り上げて爆睡すると思う」
「上手くやってますねぇ~」
 
よろけながら立ち上がる俺を横目に、行き場を無くしたペットボトルに蓋をして、
タバコに火を点ける悪友
 
「一本くれよ」
「コレがラスト」
「なんだよぉ~タバコ吸いてぇ~」
「・・・これ吸ったらタバコやめようと思うんだよね」
「出た、もう2万回くらい聞いたね」
「今回はマジ。絶対やめる」
「前々回も同じこと言ってたよ。やめとけって、禁煙なんて体に悪いぞ」
「子供出来たんだよね」
「・・・マジ?」
「マジ。みんなにまだ言うなよ」
「・・・良かったじゃん!へぇ~ついにお前が父親かぁ。名前は?男?女?」
「まだ決めてねぇよ。性別もまだわからん。とりあえず安定期入るまでは様子見って感じ」
「そういうもんなのかぁ~・・・男だったら七つの星で『セブンスター』とかどうよ」
「タバコじゃねぇか」
「イメージはケンシロウだったんだけどね」
「お前絶対パチンコから取っただろ」
「正解」
「じゃあやめとくわ。多分飲み行く回数とかも減ると思う。ちゃんとしなきゃイカン」
「ちゃんと、ねぇ・・・叩けばホコリが出るお前がねぇ・・・」
「じゃあ叩かないでくれ。出てきたら困るホコリいっぱいあるから」
「子供がハタチになったら飲み屋に連れてって全部話してやろ」
「やめろ」
 
携帯灰皿でタバコをもみ消す悪友
 
「じゃあ帰るわ」
「もう一軒行かんの?」
「やめとく。明日のミーティングわりと大事だし」
「そうかぁ~じゃあ一人で行こうかな~」
「・・・まぁ、あれだ、お前も頑張れよ」
「あぁ、バイト?まぁ適当に休憩長めに入って爆睡すれば大丈夫っしょ」
「・・・バイトもだけど、色々と」
「何だよ、子供が出来た途端に説教かよ」
「そうじゃねぇけど・・・」
「そういうの大丈夫だから!俺は俺でのらりくらりやってっから!
お前は安心して良い親父やれよ!」
「そうか・・・まぁ、じゃあまたな」
 
踵を返す悪友の背中に声を掛ける
 
「平和って書いてピースは?」
「タバコじゃねぇか」
「残念、パチンコメーカーからでした」
 
遠ざかる悪友の背中を眺め、そのまま歩道に仰向けになる
星なんか全然見えない真っ暗な夜空を見ながら、目を瞑り、小さく声を漏らす
 
「あぁ、俺はホント大丈夫だから」
 
ガードレールのすぐ向こうでは、寝転がる俺を尻目に無数のタクシーの群れが
横切っていく
顔を腕で覆い、鼻水をすする
――突然顔に水がかかる
 
「おうぇ!?」
「何だ、泣いてんのか」
 
そこには人を小馬鹿にしたような悪友の顔
 
「花粉だよ」
「もう6月だぞ」
「飛んでんだよ、微妙に」
「終電行っちまったから、もう一杯だけ付き合えよ」
「待ってました!」
「お前明日寝坊すんなよ」
「大丈夫、バイト先の前で寝れば朝起こしてもらえる」
 
滲んだ夜が更けていく
 
 
「つづく」

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