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【から揚げ弁当】

近年の食事産業は御存知の通り概ね統合し、大手外食グループが手掛けるファミレスや姉妹店のお弁当屋が街に溢れている。

かく言う私がパートで働く弁当屋も、テレビCMが年中流れている有名チェーン店で、同じ街に二軒も三軒もあるうちの一軒。パートタイムで働く私の時間は、一番混雑するお昼を挟んだ午前10時から、夕方5時まで。時間がくれば若いアルバイトの学生さんと交代する。
38年生きて来て、アルバイトやパートの類はあまり経験して来なかった。実家での生活が中心で、必死に勉強し、女子大学を出てすぐ会社に入社、28歳で結婚。2つ年上の旦那は優しく、子供は小学生の娘がひとり。どこにでもあるごく平凡な明るい家庭だ。

働き盛りであるはずの旦那は、昨年の頭に会社をリストラされた。ミスや戦力外ではなく会社全体の業績が振るわなかった結果とのことだった。すぐに再就職先は見つかった。しかし以前の収入より、だいぶ減っていた。
とまあそんな経緯で、いま私は弁当屋のおばちゃんを演じているのだ。

最近の外食産業は実にオートマチックに出来ていて、それこそ特殊な技能や技術は必要ない。厨房の中には、各メニューの材料、作り方、盛付け方まで丁寧に書かれて貼ってある。例え揚げ物だとしても、冷凍庫から出してそのまま専用の機械に入れるだけ。炒め物だって料理毎の袋を火にかければ一人前のプロの味…主婦をしている私から見たら、全世界の料理がすべてこうなってくれれば、大助かりなのだが…そうならないのが、この世の中なのだろう。そんなこともあり、若い学生さんや外国の方も多くバイトとして働いている。

ウチの店の…、いや、この大手外食チェーンのから揚げは、海外から来ている。タイの鶏工場から届けられる。もちろん一括でやって来て、ファミレスや弁当屋へと振り分けられるのだが、実は同じモノ。
人気のメニューだが、当然冷凍なのだ。あまり知られていないのだが、凄いシステムだと思ったのが、たまにある値引きセールの際に、実はタイの工場の方で、これまでの数グラムだけカットサイズが小さくされて日本に来ている。もちろん日本の本社の指示なのだが、気付かない内に肉1個ずつが減量されている。弁当に入る個数は変わらないから、お客様はわからない。さすが大手の企業努力…本社から届いた材料の袋と、社内報を読まなければ知らなかった事実だった…

つまりは、すべてがシステマチックなので、私たちは特別なことは何も出来ない。味気ない話だが、昔の街場の弁当屋みたいに「一個サービスね!」なんてことはあり得ないのだ。

私はパート終わりに、私と娘、旦那の、3人分、3個のお弁当を買って帰ることがある。ここのから揚げを、旦那が好きなのだ。学生時代から食べていて馴染みの味付けということらしい…もちろん、通常の金額で買っている。店長の計らいで一個オマケなんてこともまったくない。いまの時代では、それが当然なのかも知れないが、ホントに人間味のない世の中だと感じてしまう。

昼食時間は、ホントに混んでいて、人気ナンバーワンのから揚げ弁当も飛ぶように売れる。3ヵ月も働くと馴染みのお客様の顔も覚え、さらにお客様の多くが、大概決まったお気に入りを購入されることに気づいた。

近所の工場の制服を着た二人組みのオジさんは、のり弁と日替りを好み、通りを挟んだ二階にある歯医者の助手の女性は財布を片手に、いつも白衣の上に薄いセーターを羽織って、小さいウドンかトン汁とヘルシー弁当。

そして毎日のように、から揚げ弁当を買って行く若いサラリーマンの男性。決まってメニューの前で「え~と」と言うが、から揚げ弁当か一つ多い特から揚げ弁当を頼んでいる…
ところがある日、キャベツの千切りサラダをカウンターに置いた。
「あと…トン汁…ください」
驚きが思わず顔に出てしまった。
あまりに意外だったので、聞いてしまった…
「今日はから揚げじゃ、ないんですね…」
逆にお客様が驚いている。
それはそうだ。
始めての会話が、から揚げの話。
「あ…恥ずかしながら…、
健康診断で揚げ物を控えるように言われまして…」
照れ笑いが若々しくて自然と笑顔になる。
「ここのから揚げ、美味しいから…」
笑ってしまう。
「ウチの旦那も好きなんです、ここのから揚げ。
ですけど、今度は魚とかも試してみたらいかがですか?」
そうですね…と照れ臭そうに笑う。
「でも今日はサラダとトン汁で…」
サラダと言ってもキャベツの千切りだけでは夜まで持つのか逆に心配になってしまう。

そんなことがあってから数日が過ぎると、何事もなかったように通常通りの、から揚げ弁当に戻っていた。それについては店員と客として特に話をせず、いつも通りの対応になっていた。
それから2ヵ月ほど経ったある日のこと。
いつも通り、え〜っと…に続いて、
「特から揚げ弁当、ひとつ…」と言った後、…何かを言いたげである。
「多分、今日で最後のから揚げ弁当です…」
笑顔で話しかけられる。
「来週から実家のある、名古屋支社に行くことになりまして…」
「そうですか。でも名古屋にもきっとありますよ、ウチのお弁当屋はチェーン店ですから、変わらない味で…」
「ええ、実は転勤とともに、結婚…することになりまして…学校の後輩で…毎日お弁当を作ってくれるって」
「あ、それはおめでとうございます!それで最後の…」

健康管理をしてもらえる、とハニカム男性。
できたてのから揚げ弁当を袋に入れる。
「サービスしたかったんですけど…」
「いえ、いつもと一緒が嬉しいです。
変わらない味を出せるって凄いですよね」
「企業努力、ですかね…」
笑ってしまう。
当たり前の変わらないお弁当で、心が通うこともあるんだ…

今日仕事終わりに、から揚げ弁当3つ買って帰ろう…家族のために。


     「つづく」 作:スエナガ

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