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【リモート社員】:#2000字のホラー

この会社に入社して、半年が過ぎた。
20名弱の会社だから、社員全員の顔も名前も覚えたはずだった。
「山田さん、ちょっと良いですか?」
なに?と気さくに答えてくれる教育係の先輩に、気になっていたことを聞いた。
「いまはこんなご時世ですから、在宅も多くて、でも常に出勤している人って…8〜10名程度じゃないですか…もしかして私がお会いしていない方が、まだいらっしゃるのでは?」
「ん…一応リモートも含めて、野村さんは、ひと通り会ってるんじゃないかな?なんで?」
「ほら、あそこの座席…ちょっと前の雑誌が山積みになっている…」
オフィスの一角に何とも空気感が異なる座席がある。
「え!?あ、川崎さんの…」
山田先輩は、しまった!という顔で私から目を背けた。
「川崎さん?」
「ううん、あそこはもう、誰もいないから…」
そう言うと足早に洗面所へと出て行ってしまった。

その行動が気になって、空いているという座席に近づいてみる。なぜ誰も片付けないのか、無関心でいられるのかが不思議ではあった。少し古い雑誌があることは知っていたが、ちゃんと見たことが無かった。表紙には『2019年12月…』『中国』『未知の…』という文字が踊る。雑誌を手に取ろうとした瞬間、後ろの席の男性社員が、あきらかに不自然な大きな咳払いをしたので、ビクッとして手を引いた。
何か…触れてはいけなかったのだろうか。雑誌もこの座席のことも…

昼休みに道沿いのコンビニへ行き、レジ待ちの長い列に並んでいた。遠くから聞こえてくる救急車両の音。近くまで来てピタリと止まった。
コンビニの店内も、会社前の雑踏も、私の心の中までざわついていた。レジを済ませ外に出たところで、会社のあるビルからストレッチャーが出てきた。そのすぐ横に付添していた、同じ会社の総務の女性に声をかけた。
「あの、どなたが?」
「あ、野村さんと同じ課の…山田さんが…!」
…何か嫌な予感がした。会社が入るビルの屋上に人影があったように感じ、パッと見上げる。と、一瞬、何か重たい物が降ってきたような強い風を感じよろけてしまう。目を刺激するような青空で目眩にも似た感覚になる。
そしてそのまま、私は山田先輩について病院まで行った。

「4年前の4月にね、入社したの…」
単なる貧血で倒れただけ、そう言いながら病院の仮設ベットで休む山田先輩が、さっきの態度の理由を静かに話始めた。
「川崎さん。仕事を覚えて、もうすぐ1年って時に、当時まだ原因不明だった…」
「あ、ウイルス…ですね…」
「すぐに隔離処置で、でも本人が悪いワケではなかったと思っても、会社はね、自己管理が出来ていないって、酷い差別的な言葉と態度でね、精神的な苦痛で追い込んでしまったのね…。ほら会社って、ちょっと辺鄙な村みたいな所があって、何かミスしたら、そのレッテルと噂話に尾びれが付いたりして、もう嫌いになっちゃった人はエスカレーションしちゃうのよね。彼女の場合、ミスでも何でもないのに…」
解らない、という怖さが人を追い詰め、見えない脅威の中で、川崎さんは、待機場所を抜け出し、会社まで来て、ビルの屋上からこの世を去ったのだと言う。
「当時の上長が部長だったんだけど、亡くなった時、ずっと名前を呼び続けて泣いてね…でも、気づくのが遅かった…その後も、会社としては穏便に、という空気だったのよね」
「…本当は人間が一番怖いですよね…」

翌日。社内のリモート会議があり、会社からの参加者10名と、在宅者7名の名前が出ていた。山田先輩は体調を考慮し、不参加のようだった。私はひとり暮らしの自宅から参加した。
「野村さん、会社には慣れた?」
女性の部長で話やすい環境。
「はい、皆さん親切ですし、業務の内容も…」
そこまで話した時に気がついた。リモート参加者が18名となっている。
山田さんが参加したのかと思ったが違った。
顔を出さず、黒い画面の名前だけ【川崎】となっていた。
「あの部長、まだ私、ご挨拶出来ていない方がいらっしゃるようで…」
「そう?誰?」
「あの、この“川崎さん”…」
そう言った瞬間、まるで世界中が停電し、太陽がいきなり月になったような暗闇が私を包み込んだ。

『…さようなら』

イヤフォン越しに、確かに女性の声が聞こえた。
「…ムラさん!?野村さん?野村さん!大丈夫…?」
「あ、スミマセン…あれ、皆さん顔が…」
パソコン画面が、顔が見えずに全員名前表示に変わっている。
参加者が17名。気のせいか、と思った途端、皆さんの音声が先程の女性の声に変わり、空間がグニャリと歪んだような錯覚。そして部長の顔が、私の知る女性ではなく、たぶん彼女が“川崎さん”なのだろう、口元に笑みを浮かべて、私の名前を連呼していた。
いまの時代、私の知らない社員がいても不思議はない…

     「つづく」 作:スエナガ

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