#喜ばうんすVLOG5【キバのことだま】 ニューヨークから I 車で I ニュージャージー I ピッツバーグへ I 高速道路 I コロナウイルス I アメリカ大統領選 I 家族とは【ココロ実況】

なぜ音声をスグに録音できなかったのだろう。

ピッツバーグからニューヨークへ戻ってきた日に、SDディスクをデスクトップに取り込んだ。動画の編集は次の日に出来上がった。もう一本すでに出来上がっていた動画があったので音声を入れて先にあげた。でもそこから約1週間が経っても手を付けていなかった。

ひとつにじぶんの家族のことを話すことが億劫だったのだ。それも主人の家族とのこと。基本、ワタシのつぶやきはメインストリーム上にはないコンテンツ。『ココロ実況』なので正直に内省することが目的。なので、聴いていて『お得感のある情報』だったり、何かが具体的にできるようになる『HOWTOもの』や、面白くておもわず笑ってしまう『エンタメ系』では決してない。いまだにワタシ本人も不快感を伴いながら言葉を絞り出している感覚。でもそれがなぜか『うれしく楽しい感』につながっている。だから続けられているのだと思う。

それとは別に、わかりやすく伝えることは意識している。それもじぶんのコトバで。逆に自分が知らないことを知っているかのように話し始めた途端、ワタシ自身が苦しくなるのが目に見えてみる。もしかしてそれも克服できるかもしれない。例えば、自分が読んでみたいと思っている本がある。それを日本語訳して動画で解説してみたいとはひそかに企んでいる。コレまた話が脱線してしまった。

今回の動画内にあるピッツバーグに住む家族が具体的に話したことについて改めて考えてみた。聴いている側にすれば固有名詞があった方が信憑性は増すハズ。ことばにできなかったのは自分の記憶力の問題。でも「録音したい衝動」に駆られたまま、検索する手間を完ペキに省いてしまっている。同時に、動画に乗せた音声を聴いたら、これが普段の自分の脳の使い方、または物事の消化の仕方なのだということを客観的に知れた。自分自身に起こっていることを理解するプロセスとして、つたないコトバでも声に出し記録すること自体がとても大切。

キレイにまとめられた誰かの情報より、「二次情報」適応するにしても一次情報ベースに話すことに徹したつもりではいる。そんなファジーで抽象的なじぶんの思考回路ではあるが、この際、そんなキャラの脳をなんとかうまいこと応用できないものかと、今、またブレインストームが起こりはじめている。

48歳から人生の本編スタート。「生きる」記録の断片を書く活動みならず、ポエム、版画、パフォーマンス、ビデオ編集、家政婦業、ねこシッター、モデル、そして新しくDJや巨匠とのコラボ等、トライ&エラーしつつ多動中。応援の方どうぞ宜しくお願いいたします。