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短編: 青色風景 

ふとんから出ると思ったより寒くて無意識に小さく震えた。


数時間前にベットの脇に脱ぎ捨てた下着を手探りで見つける。 薄暗い中目を細めながら、 裏返っている状態から直す。

ごそごそと下着に足を通して軽く腰を浮かせたとき「もう起きたの…… ? 」 と隣からくぐもった声がした。 背中を向けて寝ていたからだを少しだけこちらに傾ける。
目が開かないようで夢と現実の間にいるような顔のまま、 少しだけ眉間に皺が寄っている。

「あ、 まだ寝てていいよ。 わたし出社まえに一度家に帰らないとだから、 もう出るね。 」

「あ、 なに、 今日仕事なの 」

「そうなの、 休みなんかあってないようなものよ。  」

今日出社しなくてもいいように溜まっていた仕事をここ数日で一気に片付けていることは言わずにブラウスを着こむ。

ひと晩じゅう床に投げ出されていたブラウスは冷え切っており肩のあたりがひやっとした。


すぐに着替えてこの部屋から出なくては。 と、 気持ちが焦る。
彼が完全に目を冷ます前に。 現実に帰ってくる前に。

あまりに急いでしまったのでストッキングに爪を立ててしまった。
少しだけ破れた感触がしたがそのままぐっと上に引きあげる。


玄関に向かおうとしたときにさらに後ろから声をかけられる。

「こういうの、 よくないよね……。 」

ああ、 聞きたくないから急いだのに。

「うん、 まあ、 お酒のせいってことでいいんじゃない? また連絡するね。」

振り返らないままつとめて明るい声を出そうとして少し声が裏返ってしまった。


ドアを開けるとまだ外は薄暗くしんとしており、 灰色と青色に染まっていた。
音のない深海の世界に飛び込むようなきもちで一歩を踏み出し、 音を立てないようにドアをそっとしめる。

全身を深い青色に沈めると、 昨日感じた体温や汗が全て奪われるようだった。 


どうにかなることを期待していたわけではない。
長年の友人で、 お互い恋人もいて、 彼は結婚予定もあって。


昨日飲んだお酒の色みたいだ、 と空を見て思う。 

普段飲まないような色のお酒。 彼女が飲むような可愛らしいお酒。 暗い店内でほの暗く翳っていたグラスの中身が空の灰色と混ざった色に似ている。
不思議な魔法をかけてくれるような怪しげなブルー。  

確かに昨日はなにかの魔法がかかっていたのかもしれない。 長い付き合いの中で何度も2人で飲みに行っていたのに、 一緒に寝たのはこれが初めてだった。

であれば、 そのまま解けないでいればいいのに。 もしくはもっと早くにこの魔法がかかってくれていたら。

魔法が解けるのが怖くて自分から振り払ってしまった。

息を吐くと少しだけ白い。



昨日、 寝るときは後ろから抱きしめてほしかったな。 

終わった後にすぐにベットから出て、 戻ってきたと思ったら何も言わず寝てしまった彼の背中を思い出す。

ずっと、 抱きしめたいと思っていた背中。
華奢だと思っていたけど、 想像していたより肩幅があった。 今まで知らなかった背中。

目の前にあるのに遠く感じてしまい、 こちらから抱きしめることはできなかった。


駅の方角から、けだるそうなアナウンスと始発電車の動き出す音が聞こえる。
この世界でひとりぼっちではないことがわかり少しほっとする。


ストッキングの伝線がふくらはぎから一直線に伸びており、 コンビニで買って駅のトイレで履き替えていこうか迷ったが立ち止まらずそのまま向かうことにする。 

せめて家まではこの傷を抱えていたい。 昨日の体温や感触と一緒に刻み込んでしまいたい。


駅はあえて階段を登ることにした。

#ほろ酔い文学

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