あらすじを巡る冒険 2

 昨日に引き続き、あらすじを巡る冒険。簡単にあらすじと言っても、おそらくその役割への意図は人それぞれで異なり、また書き手により様々な個性を出すことが出来るのだから、これはもはや一種の「作品」ですよね。

 因みにウィキペディア先生には、膨大な量のあらすじ手引きが存在するのです。

 これはあくまで、ウィキペディアという無料の百科事典に記載をする方のための手引き、という事なので、商業的なあらすじとはまた概念が異なるそう……。ううむ、奥が深いですな。
 と頭を抱えたところで、紹介コーナーGO!
※ここからは都合上、該当する作品のネタバレが含まれている可能性があります。見たくない方は目次から飛ばないよう、お願いします。

鉄塔 武蔵野線(映画)

 小学6年生の見晴は両親の離婚に伴い、2学期から母方の実家のある長崎県南高来郡加津佐町に引っ越すことになっていた。夏休みのとある日、見晴は近所の鉄塔に「武蔵野線71」と表記されていることに気付き、小学4年生の暁と共に1号鉄塔を目指す冒険に出る。

Wikipedia「鉄塔 武蔵野線」

 シンプルですが、続きが気になるあらすじ。さすが、鉄塔ものは外れがないですね。子供のとき友人と散歩した、たかが二駅くらいの距離が、当時では大冒険だったものなぁ。あのときの友人は、いま何をしているのだろう……。
 本作では、尋常ではない距離を伊藤淳史さん(子役)が歩いてますけど、これはまさに冒険といっても過言ではない。原作となった小説もおすすめです。


父と暮せば(戯曲)

 昭和23年の広島。福吉美津江の自宅。
 美津江は父・竹造と二人で暮らしている。竹造は原爆の直撃を受けて死亡したはずなのだが幻となって美津江の前に現れたのである。美津江は明るく快活だが、心の奥では原爆投下を生き残ってしまったことへの罪悪感をもっており勤め先である図書館で原爆の資料を集める木下という青年から好意を寄せられているものの、死者への申し訳なさから親密になれないでいる。竹造は、美津江の日々の話し相手として、彼女を楽しませ、ときに諭し、助言を与える。
 美津江は、木下から故郷の岩手に一緒に行こうと誘われたと竹造に告げる。竹造は、それは結婚の申込みで、ぜひ行くべきだと言うが、美津江はまたも逃げようとする。そして父と娘の最後の会話が始まる。

Wikipedia「父と暮せば」

 井上ひさしによる名戯曲です。父娘の軽快な広島弁より繰り広げられる、小気味よい会話と深い愛情のなかにも戦争の影を見出せる作品。
 途中で、二人がジャンケンをする場面があるのですが、その際の会話を抜粋しましょうか。
「いっぷくでっぷく、ちゃんちゃんちゃぶろく
ぬっぱりきりりん、ちゃんぽんげ!」

 なるほど、全然分かりません。内容からするに、ちゃんぽんげという名のジャンケンらしいのですが「最初はグー!」みたいなものかな。
 約100ページと読みやすく、終わり方も意外とすっきりしている作品ですので、休日の読書にオススメです。
 
 余談ですが、ウィキペディアのあらすじ欄に「このあらすじは作品内容に比して不十分だ」という誰からかの指摘が書かれています。
 少し厳し過ぎやしないか?


海がきこえる(映画)

 高知の学校から東京の大学に進学した杜崎拓は、吉祥寺駅のホームで武藤里伽子に似た女性を見かける。だが、里伽子は高知の大学へ行ったのではなかったのか?初めての夏休み、同窓会のために帰省する飛行機の中で、拓の思いは自然と里伽子と出会ったあの2年前の夏の日へと戻って行った。季節外れに東京から転校して来た里伽子との出会い、ハワイへの修学旅行、里伽子と2人だけの東京旅行、親友と喧嘩別れした文化祭。ほろ苦い記憶をたどりながら、拓は里伽子との思い出を振り返っていく。

Wikipedia「海がきこえる」

 はい、ちょうどよい情報量ですよね。ジブリ映画としては少し異質(?)な本作ですが、夏になると彼らの高知弁や、里伽子の奔放な性格に振り回されたくなるのです。
 なお、監督は望月智充さんという方らしく、「劇場版めぞん一刻」の監督に起用された偉い人だそうです。たしかに、男心にぐっとくる演出が多かった気がするなぁ。


 あらすじというよりかは、ただの作品紹介のような形になってしまいました。すみません。
 でも、他人の書いた文章というものは本当に勉強になるし、考えさせられることが多い気がしますよね。名作の入口を、あらすじが担っているとすると、それは作品の一部といって過言ではないでしょう。
 皆さんも、あらすじを巡る冒険に出てみてはいかがでしょうか。必要なものは、時間だけ。

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