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【えいごコラムBN(43)】A Study in Pronouns

今回もBBCドラマ『シャーロック』の話です。
 
第一シリーズ第1話「ピンク色の研究」(A Study in Pink)で、シャーロックとジョンは、事件に関係する人物が乗っていると思われるタクシーを追ってロンドンの街を疾走します。

ところがやっと追いついてみると、乗客は海外から着いたばかりであることが判明します。

そこで彼らは、ただの通りすがりのタクシーだったのだと考えます。

そのやりとりを見てみましょう。

John: Basically just a cab that happened to slow down.
Sherlock: Basically.
John: Not the murderer.
Sherlock: Not the murderer, no.
John: Wrong country, good alibi.
Sherlock: As they go.

ジョンの言う “Wrong country, good alibi.” は、「(事件が起きたとき)違う国にいたというのはいいアリバイだ」だと思います。

しかし、それに答えるシャーロックの “As they go” はどういうことでしょうか。

“they” は何を指してるんでしょう。


日本人はこういうとき they の指すものについてさまざまに推測を巡らしがちです。

「犯人」だろう、とか、「外国人」かも、とか、いやいや「タクシー」じゃないのか、というように。

それは日本人に、代名詞の対象を「状況」によって判断する習慣があるからです。


日本語では they などの「人称代名詞」をそれほど使いません。

第三者に言及するとき、「彼らはもうすぐ来ますよ」とはあまり言わず、「木村さんたちはもうすぐ来ますよ」のように固有名を使う方を好みますよね。

「あなた」や「わたし」も固有名で置きかえられることがよくあります。 


その一方日本人は、英語なら this や that などに相当する「これ、それ、あれ」などの「指示代名詞」を多用します。

次の会話を見てください。

A:利益の上がらないプロジェクトは即刻終了すべきだ。
B:それはそうですが・・・。

上の「それはそうですが」を、英語の指示代名詞を使って “That is so.” などと訳しても英語話者には通じません。

たぶん “You may be right.” (あなたは正しいかもしれない)や “There’s something in what you say.” (あなたの言うことには一理ある)のように、より明確な表現に置きかえられるでしょう。

しかし日本語話者は文脈にもとづいてこの曖昧な表現を的確に理解します。

同様に、誰かが「これは困った」と口にした場合、日本人は「これ」が何を指すかを考えることはせず、状況から発言の意図を察知しようとするはずです。


このように、日本人は代名詞の指す対象を特定するよりも、むしろ文脈や状況から発言の趣旨をくみとることに慣れています。

しかし英語において「人称代名詞」を理解するやり方はまったく違います。


人称代名詞ですから、まず「人称」が問題になります。

they なら3人称です。

また「数」は複数です。

“As they go.” の they が指しているのは、ふつうに考えれば、それより前に出てくる複数名詞です。

しかしご覧のように they より前の部分に複数名詞はありません。

この場合、可算名詞の単数形にも可能性があり、さらに they に近いほど可能性が高くなります。

さて、一番近いのはどの名詞でしょうか。


alibi です。


じつは “as ~ go” は「~にしては」などの意味を表す構文で、次のように使います。

He is a good doctor, as doctors go these days.
(昨今の医者としては、彼はよい医者だ。)

この文の “as doctors go” が “a good doctor” を受けているのと同じく、シャーロックの “As they go” も直前のジョンのセリフの “good alibi” を受けており、 they は alibi の複数形として使われているのです。

上の文と同様の形に書き直せばこうなります。

It’s a good alibi, as alibis go.

“as ~ go” は、「~にしては」でもいいのですが、もう少し厳密にいえば「~が . . . であり得るかぎりにおいて」というニュアンスです。

それを当てはめて訳すと次のような感じになります。

それは、アリバイというものがよくあり得るかぎりにおいて、よいアリバイだ。

つまりシャーロックは、事件が起きたとき海外にいたということは、これ以上ないほどよいアリバイだ、と言ってるわけです。


シャーロック・ホームズが事件の真相をつきとめるやり方と同様、英語の代名詞の対象を特定するために必要なのは、 observation (観察)と deduction (推論)なのです。

(N. Hishida)

【引用文献】

(タイトルのBNはバックナンバーの略で、この記事は2013年12月に川村学園女子大学公式サイトに掲載された「えいごコラム」を再掲しています。)

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