【えいごコラム(BN48)】八百屋のアポストロフィ①
このごろ、英国で街路名の表記について論争が起きているそうです。
それはおもに「アポストロフィ」についてです。
伝統ある大学街ケンブリッジは、今年になって街路表示からアポストロフィを削除しました。
たとえば King’s Road は「王の道」という意味で、 King の後に「所有」を表す「アポストロフィ+s」がありますが、そのアポストロフィを省いて Kings Road としたのです。
それに対して一部の市民による抗議行動が起きているようです。
3月29日のあるウェブ新聞は、この件を次のように伝えています。
backtrack は「(意見・政策)を撤回する」、 mount は「(行動など)に取りかかる」、 guerrilla campaign は「ゲリラ作戦」です。
アポストロフィの削除に反対する人々が、夜中に黒のマジックペンで削除されたアポストロフィを表示板に書き加え始めたため、ケンブリッジは方針を見直さざるを得なくなったのです。
アポストロフィが削除されたのは、それが救急システムにエラーを引き起こすことがあるからです。
今年のはじめ、ぜんそく発作を起こした若者が、救急車が誤った住所に誘導されたために死亡するという事件が起きました。
原因は救急センターのソフトウェアがアポストロフィを含む街路表記を読み違えたためでした。
なぜこんなことが起こるのでしょう。
「所有」を表すアポストロフィのつけ方は、かなり厄介なものです。
名詞の単数形には語尾に〈 ’s 〉をつけますが、複数形が s で終わる場合は〈 ’ 〉だけをつけます。
たとえば、王様が1人なら King’s Road ですが、2人以上なら Kings’ Road となります。
そして、 s で終わらない複数形には単数形と同じく〈 ’s 〉がつきます。
「女子校」は girls’ school ですが、「女子大」は women’s college です。
さらに、 s で終わる固有名詞については、発音が [ s ] 、つまり「ス」で終わる場合は〈 ’s 〉をつけ、 [ z ] 、つまり「ズ」で終わる場合は〈 ’ 〉だけをつけるというのが原則です。
たとえば次のようになります。
ただ Jones’ は Jones’s と表記することも可能です。
このようにアポストロフィの規則はいろいろ複雑なため、 Jones’ Street と Jones’s Street が同じ住所だということ、あるいは King’s Road と Kings’ Road が違う住所であることをコンピューターが判断するのは困難です。
ならばアポストロフィをとって Jones Street 、 Kings Road とした方が間違いがない、ということになったわけです。
しかし、このような傾向に危機感を抱く人は多いようです。
「アポストロフィ保存会」の会長であるジョン・リチャーズは次のように批判しています。
“set a bad example” は「悪い手本を示す」です。
“road signs with apostrophes removed” は、「 with + O +過去分詞」( O が~された状態の)という形で、「アポストロフィが取り除かれた状態の道路標識」ということです。
リチャーズは、学校で句読点の用法を教わった子どもが街中でアポストロフィのない標識を目にすることは教育上よくない、と主張しているのです。
また、平易な英語表現の普及に努める「プレーン・イングリッシュ運動」の代表であるトニー・マーは、アポストロフィの問題は道路標識にだけあるわけではないと指摘しています。
彼は次のように述べています。
ここでマーは “greengrocers’ apostrophes” 、つまり「八百屋のアポストロフィ」という、奇妙な表現を使っています。
どうやらこれは、青果店の店先の価格表示で apple の複数形を apple’s とするなど、複数名詞を示す s の前にアポストロフィを加えることを指しているようです。
どうしてこんな表記が存在するのでしょう。また、それがなぜ問題なんでしょうか。
これについては次回に考えます。
(N. Hishida)
【引用文献】
“Britain enters another war—on the humble apostrophe.” thejournal.ie. 29 Mar. 2014.
(タイトルのBNはバックナンバーの略で、この記事は2014年5月に川村学園女子大学公式サイトに掲載された「えいごコラム」を再掲しています。)