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【えいごコラムBN(27)】親しき仲にも・・・

翻訳のゼミをやっていると、ときどき思いもよらぬ難問にぶつかります。

昨年度のゼミである学生が、西尾維新のファンタジー小説、『化物語』(ばけものがたり)の一節を英訳するという課題にとり組んでいました。

あるとき彼女が、訳せないところがあるので教えてほしい、と言ってきました。 


それは、主人公の高校生、阿良々木暦(あららぎ こよみ)が、同級生の羽川翼(はねかわ つばさ)と本屋で参考書を選んでいる場面です。

次のように主人公の恋人、戦場ヶ原ひたぎ(せんじょうがはら ひたぎ)のことが話題になります。

 「何? それじゃ、阿良々木くん、ひょっとして、戦場ヶ原さんと同じ大学を目指すってこと?」
 「まだあいつには言うなよ。変な期待させたくねえし」
 照れ隠し――というわけでもないが、なんとなく、手元の参考書の一冊を、ぱらぱらとめくる素振りをする僕。
 「というか、ものすごく冷たいことを言われそうだ」
 「冷たいことなんて・・・・・・彼氏彼女なんでしょ?」
 「まあ、そうなんだが。でもあいつの場合、親しき仲にも冷気ありって感じなんだよな・・・・・・」(p.57)

私は頭を抱えてしまいました。

最後の主人公のセリフは、「親しき仲にも礼儀あり」に引っかけた洒落なわけですが、いうまでもなく洒落などの言葉遊びは最も翻訳が難しいもののひとつだからです。

この部分のコミカルなやりとりが好きだからなんとか訳したい、と学生が言うので、考えてみることにしました。 


「親しき仲にも礼儀あり」のような慣用句を英訳する場合、それと同様の意味をもつ英語の慣用句に置きかえられないか、と考えるのがセオリーです。

この場合、 “Good fences make good neighbors.” (よい塀はよい隣人を作る)や、 “A hedge between keeps friendship green.” (間にある垣根が、友情 [という芝生] を緑に保つ)などが考えられます。 


さらに、上記のセリフの「冷気」は「冷たい言葉」という意味で使われていますから、それを表すような英語表現を、なるべくもとの形を崩さないように、英語の慣用句に組み込めればいいわけです。 


しばらく首をひねったあげく、私は edge という語に思い当たりました。

この語は、皮肉の「鋭さ」や言葉の「トゲ」などを表すことがあり、しかも発音もつづりも hedge とよく似ています。「(人)に辛辣なことを言う」という意味で “give someone the edge of one’s tongue.” という表現が使われます。

これでいけるんじゃないか、と思いました。 


その表現を利用して後半の3つのセリフを英訳したのが、これです。
 

“. . . and if she knew, she’d give me the edge of her tongue.”
“The edge? . . . You are intimate friends, aren’t you?”
“Well, I think we are. But her motto seems to be, ‘An edge between keeps friendship green.’”

intimate friend は不穏当な意味を含むことがあるのでちょっと迷ったのですが、次のセリフにある friendship という語に合わせるためにこのようにしました。

やりとりの雰囲気と言葉遊びがある程度再現できていると思うのですが、いかがでしょうか。 


ほんの一部ではあっても、もともと日本語の表現だったものが、もうひとつの生命を得て、英語の海の中で泳ぎだす瞬間・・・これが翻訳の醍醐味かもしれません。

(N. Hishida)

【引用文献】

  • 西尾維新、『化物語(下)』、講談社、2006年

(タイトルのBNはバックナンバーの略で、この記事は2013年5月に川村学園女子大学公式サイトに掲載された「えいごコラム」を再掲しています。)

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