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福市恵子ができるまで。


ゲームの翻訳、という仕事をして、暮らしている。
この暮らしを始めて、どうやら今年で18年目に突入するらしい。
なんということでしょう。設定年齢19歳なのに。
ぼやぼやしてると、生まれる前から仕事してたことになってしまう。
「前世での分も入れてます」という言い分も通らない。われわれの前世にデジタルゲームを翻訳するなんていう仕事がなかったことは、みんなにバレている。
なんとかしないとマズい。

とはいえ、自分の「設定年齢」がだいぶ怪しいことがバレそうになるぐらいこの仕事を続けているうちに、大変ありがたいことに、ゲーム翻訳者としてインタビューをお受けする機会も何度か経験した。
その際、必ず聞かれる質問が、

「翻訳者になろうと思ったきっかけは?」
「英語はどこで身につけた?」

この2つだ。

「ゲームの翻訳という仕事をして暮らしている福市恵子」という人間は、いったいどういう経緯でできあがったのか。

今日は、そんな話をしようと思う。

ただし、話は私が中学一年生だった頃から始まる。「設定年齢」的には6年前のはずだが、そんなわけねーのは、いわずもがな。それなりに長い話になる。ほどよいところで切り分けながら、数回に分けてお届けしたい。

(完全ノープランで書いてます。何回で完結するのか、次の更新がいつになるのか、私にもさっぱりわかりません。35℃ぐらいの温度感で、ゆるゆると見守っていただければ幸いです)


【ありがとう、中一のわたし】
ファミ通さんのインタビューで、
私だけプロフィールの紹介文がおかしくなった件

2018年。同業の盟友、小川公貴氏&武藤陽生氏といっしょに、ファミ通さんの取材を受けるという、大変光栄な機会があった。

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子どもの頃に弟と取り合いで読んでた雑誌に、自分が載ってる……!

画像2

私だけプロフィールの紹介文がなんかおかしい……!
(※ 取材時にしゃべった内容から、ファミ通さん側で作成してくださったものです)

思えば私の人生、この「X JAPAN」というバンドに出会ってしまったがために、いろんな意味でエラいことになった。

ちなみに、私が彼らとの濃密な時間(in 自分の脳内)を過ごした時期、彼らの名称は「X」だった。よって、以下、私はかたくなにJAPANとかつけないのでご了承いただきたい。


”Before X”のフクイチは、それはそれはよくできたお子さんだった。小学校の通知表は5段階評価でオール5。立候補して学級委員を務め、先生のおっしゃることには素直にきちんと従う。絵に描いたような優等生だった。本当だ。

それが、ある金曜の夜、たまたまミュージックステーションにご出演されていたXというバンドを目撃してしまったのが運の尽き。順調に道を踏み外し、今に至る。

しかし、この出会いこそが、私がのちに翻訳者を目指すことになるフラグだった。
そう、すべてはここから始まったのだ。


このXというバンド、歌詞に英語がとても多い。まるまる全部英語の曲もたくさんある。「いつかHIDEになる」という夢を胸に、TAIJIと結婚する未来を勝手に思い描きながら、YOSHIKIを神とあがめ奉って生きていた中学一年生女子にとって、彼らの歌詞は教典に等しかった。意味を理解できない部分があるなんて、もってのほかだ。

幸い、母が英文科出身だったため、家には英語の文法書が何冊かあった。私はそれを勝手に拝借し、中学生レベルでは扱わない文法を自力で学習した。そうした地道な努力のかいあって、その時点で世に発表されていたXの楽曲すべての歌詞、もとい、神の御言葉を、私は真に解することがかなったのだ。
ついでに英語のテストも超楽勝になった。

しかし、この厚い信仰には犠牲も伴った。英語の学習に多くの時間を費やしているうちに、英語そのものにハマってしまったのだ。
それまでただのランダムな文字列にすぎなかったものが、少しずつ意味を持った「言葉」に姿を変えていく。暗号を解読するような快感…… 私はすっかりとりこになった。

知らない単語は、ジャンジャン覚えたい。もともと苦手意識があった数学の授業なんて、まじめに受けてる場合じゃない。先生が「xイコール〜…」と言うたびに一瞬胸がときめく以外、聞いてても何もいいことなんてない。私は興味のない授業はそっちのけで、ひたすら英単語を覚えつづけた。
そんなことをしているうちに、英語の成績は10段階評価で10になってしまった。
一方、数学の成績は落第点の5にまで下がり、親といっしょに呼び出しを食らった。


なお、当時の私は将来HIDEにならなくてはいけなかったので、家ではひたすらギターの練習をしていた。
この頃の私の生活をざっくりまとめると、

「英語の勉強と、ギターの練習と、“X”の文字が入っているものすべてにときめく」

それ以外のことは、つくづくどうでもいい人生だった。
こんな調子だから友だちは少なく、学校では浮きまくり、それなりに悩んだりもしていた記憶もあるが、今思えば幸せな時代だったと思う。

この頃の自分に、「おまえは将来、有名ゲーム雑誌の取材を受け、プロフィール欄に『X JAPAN』の文字が踊ることになるぞ」と伝えたら……
……おそらく、舞い上がってロクなことにならなかっただろうから、知らなくてよかったと思う。

しかし本当に、人生何があるかわからないものだ。

以上が、リアル中二時代までのフクイチ。しかし、中学三年生になると、少し様子が変わってくる。

以降の話は、よろしければまた次回、おつきあいいただければ幸いです。


【今日のフクイチ】

今日もPC前の定位置です。実機テストをやってます。翻訳したテキストを実装したゲームをプレイしながら、「これはマズい!」という箇所を見つけて、修正していく作業。端から見てるとゲームして遊んでるようにしか見えないかもしれませんが、これがなかなかに過酷です。この歳になるとねー、もう一日10時間とかゲームできない体になってくるのよー。目がツラい。眼精疲労からの肩こり→頭痛。ツラい。
実機テストは、ほぼ肉体労働です。

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