堕肉の果て ~令和に奏でる創造の序曲(プレリュード)~
第一章 悪魔たちの円舞曲(ロンド)
15.平手打ち (挿絵あり)
コユキはいつもと変わらない善悪を見て少しホッとした。
「……善悪」
思いのほか丸くて可愛らしい善悪の目は、興味深げにコユキの全身を眺め回している。
「如何された? コユキ殿。 ……あぁぁ、なんと強烈な香り…… そしてまた太ったのであるな」
こんな時に何でそんな事を…… と、泣きそうになるが、仕方が無い。
確かにコユキは日々着実に太っていたし、善悪は茶糖家に起きた事なんて知らないのだ。
「しかし、それだけ体に肉を付けられるというのは、日々の糧を満足に、いやそれ以上に得られているという事でござるな! そして丈夫な体に生んでもらった事に、父上母上とご先祖様に感謝せねばいけませんぞ! さすれば、もう少し、食事に気を付けようとか、痩せようとか、彼氏を作って家族を安心させようとか、働こうとか、色々行動するものであるが…… コユキ殿は些か感謝が足りぬのではござらぬか?」
善悪の言う通りであった。
図星すぎる。
言葉が矢のようにグサグサ刺さる。
今までは、何を言われようと全く気にしていなかったコユキだったが、つい先程、その『感謝』と『感謝が足りない』事に生まれて初めて気が付いたばかりだったのだ。
コユキは泣きそうになるのを堪えるのに全力を注いでいた。
「むむむ…… どうされたコユキ殿? 大丈夫であるか? ……しかしながら、この強烈な香りは…… 代謝が極端に悪いのではござらぬか? どうやら汗はかける様であるな。 サウナなどに行ってみては如何か? 温泉も良いかもしれぬな。 拙者おススメの温泉を教えるでござるよ。 ? コユキ殿? あ、もしかしてトイレを我慢しているのでござるか? 我慢は体に良くないでご…… ォボホッ!」
我慢の限界だった。
言い終える前にコユキの平手が善悪の顎に打ち込まれた。
瞬間、善悪は地面に倒れまいと己の気を両足に込めその場に留まった。
しかし、倒れない事によって力の逃げ場は無くなり、衝撃は全て善悪の顎に集中した。
「仕方が無いでしょ! この暑さなんだから! 汗なんて誰だって掻くでしょ! あんただって汗臭いじゃない! 全くどいつもこいつも!」
言いながら、半泣きのコユキの体臭は汗臭いレベルではない。
気の弱い人がその臭いを嗅げば命を落とすかもしれない。
さっきはバケモノ、今は善悪だから『強烈』程度で済むのだ。
――――しまった! またやってしまった……
「ごめん! 善悪! 大丈夫? もう…… それどころじゃないのよ」
善悪の前で泣くまいと必死に我慢していたがもう無理だった。
耐え切れずにコユキはボロボロ泣いた。
善悪が痛む顎を両手で押さえつつ恍惚の表情を浮かべている。
「ぁぁぁあああ~、はぁうぅん…… この感じ、たまりませんなぁ~、いやはや、ありがとうございます」
胸の前辺りで両手を合わせ一礼した。
密教系の幸福寺に生まれ、幼い頃から修行を重ねてきた善悪は、今でも禅を取り入れたオリジナルの修行を続けている。
彼にとってはこれもまた修行の一環なのかもしれない。
しゃくりながら、鼻をズルズルさせながらコユキは言った。
「キモッ! グスっ…… もう、どうでもいいから、喉渇いたから何かちょうだい」
――――善悪ってM? なのかな? いやいや……
ぶるぶるっと頭を振る。
善悪の顔はにやけヨダレを垂らしている。
Mでは無い筈! と思う。
思わなければ気持ち悪くて口も聞けなくなってしまう。
他人からはどう見えていようと、コユキの自己評価はあくまでもノーマルなのだ。
「コユキ殿? 大丈夫でござるか? こんな所でもなんですから、ささ、上がるでござるよ」
法衣の裾をヒラリと翻し、顎を押さえつつも軽い足取りで台所へ向かって行った。
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拙作に目を通して頂き誠にありがとうございました。
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