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堕肉の果て ~令和に奏でる創造の序曲(プレリュード)~

第一章 悪魔たちの円舞曲(ロンド)
58.殺戮のエピック

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  静かに、然ししかし真直ぐにコユキの形をした肉に近付いた善悪は、為すべき事を為す事に決めるのだった。

 善悪自身もこんな日が来るとは思っていなかったであろう、中学時代に若気の至りで購入し読みふけり、マンガで楽しく身につけたテクニックを今すぐ使える日がやって来るとは……

 それも、大人になり、得度とくどを受け、和尚さまと呼ばれるようになり、四十目前の自分がこの技術を使用しようと思うほどの、激しい怒りに支配されるとは、毛ほども想像していなかったのだ。

 妄想の世界ではなく現実のこの世界において、である。

 昨日と違い、自らの意思で悪鬼の形相を浮かべた善悪、いや極悪は、コユキ(偽)の脇に近付くと、躊躇ちゅうちょなく目の前の醜い肉に埋もれた豚バラを力任せに蹴り上げたのだ。

「ゥウオラアァっ!」

「ブヒィ――――っ!」

 見た目も心も醜怪しゅうかいな化け物は、驚愕の声を上げて飛び起きた。

 その瞬間、目の前の悪鬼羅刹あっきらせつに状況を把握したのか、素早くピーカーブーに構える、やはりやる気のようだ。

「シッ!」

「スッ! グガッ! ば、馬鹿な!」

 鋭い踏み込みから繰り出されたパンチを避けようと、肉が『スススス』を発動したが、軌道を変えた善悪の拳が、その頬をヒットし肉ごと骨まで叩き潰した。

 潰れた場所からは緑色の血か何かの液体が滴りしたたり落ちている。

「シッ!」

「スッ! ガッ!!」

 続けざまに肉の右ひざに善悪の鋭い左前蹴りが襲い掛かり、またもや回避を許す事無く容易に蹴り砕いた。

 バランスを崩した肉の右テンプルに、無言のまま善悪が左フックを叩きこんだ。

 ハンマーの様に重く強烈なその一撃を受け、肉は両の目をグリンと返し、力無くその場へ倒れこむのだった。

 その後、マウントからの連打で顔面を砕きつくした善悪は、もう会えぬ幼馴染の無念を晴らすかのように、肉の胴体、手、足、指に至るまで、その一切の形が残らぬまでに破壊しつくすのだった。

 全身に緑の返り血を浴びて、一人佇むたたずむ善悪の瞳に勝利の喜びは浮かんではいなかった。

 一切の感情を押し殺した彼の頬に一筋の涙が伝って落ち、そんな彼に対してマーガレッタは掛ける言葉を持ってはいなかった……


殺戮さつりくのエピック ~王国のつるぎと囚われの王女~   ――了――




 ……

 アク…… ゼンアク……

 ……善悪! しっかりしてよ、よしおちゃん……

 !

「ん? ……あれ? 何で、っ? って! 何故、まだ生きているのだ貴様! 確実に仕留めた筈では、くっ?」

「ああぁ、急に動いちゃダメよ、よしおちゃん! なんか鼻血とかダバダバ出ちゃってるんだから!」

 言われて善悪が自分の鼻の辺りを探ってみると、手にはべっとりとした血が付いて来た。

「よしおちゃ、先生一体どうしたんですか? 体起こせます? まだ寝ていた方が良いですかね?」

 狼狽うろたえている肉からは、いつも通りのコユキの印象を感じる。

 未だいまだ、ハテナとなっている善悪の頭の中に不意に声が届いた。

『……ダイジョ ……ブ?』

 昨夜と同じオルクス君の声であった。

 キョロキョロと辺りを見回した善悪の視線が、御本尊の右横で止まるが、そこに置いた筈のソフビの姿はなかった。

 これは、おかしい。

 確かにあそこに安置した筈なのに…… 善悪はそう考えた。

 未だ心配そうにオロオロしているコユキの脇に目をやると、ヨダレでびちゃびちゃになった愛読書と上下に別れたソフビが散乱しているのが見えた。 

 既視感を感じた。

 確か、マーガレッタ姫、いやオルクス君を奪還する前に見た景色であった筈だ。

 その直後に起った出来事を思い出しつつ我知らず声に出してしまっていた。

「凄く、途轍とてつもなく頭に来た後、確か頭の中の方でブチっと来て…… えっと……」

 その呟きを聞いたコユキが目を見張って口を開いた。

「良くは知りませんけど、何かに激怒した先生の脳内でアドレナリンが大量に分泌されて、それによって高血圧緊急症みたいな感じになって、昨日疼痛とうつうがあると仰っていた左側頭部辺りが脳出血的な事を起こして、一時的に意識を失ったんじゃ無いですかね? それならその大量の鼻血も説明つきませんか? 勘ですけどね」

 めちゃくちゃ詳しい感じで説明してくれただけでなく、更に言葉を続けてくる。

「それにしても、先生をそこまで怒らせるような事って何でしょう? お仕事(法事)中に何か失礼な事でもされたんですか?」

 いけしゃあしゃあと言い放つ言葉を聞いて、善悪もようやく自分の置かれた状況を理解する事が出来た。

 全部この馬鹿が原因だったことも思い出しただけで無く、怒りの理由が更に一つ増えたのだ。

 マーガレッタが現実に現れた事にどれほど善悪が感動したか、それもこれも全て泡沫うたかたの夢であったのだ。 

 男の純情を踏みにじられた善悪は、お昼ご飯も忘れ、嘘吐きうそつきの怠け者に対して、本気の説教を始めるのであった。

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拙作に目を通して頂き誠にありがとうございました。

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