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堕肉の果て ~令和に奏でる創造の序曲(プレリュード)~

第一章 悪魔たちの円舞曲(ロンド)
90.涙  (挿絵あり)

はじめての方はコチラ→ ◆あらすじ◆目次◆

 最初の変化は学校から帰って来たカオリちゃんの言葉だった。

「ねえ、お父さん…… これからも、散歩、行くの…… 『秋日影、号』の……」

「あ? 当然だろう? 最後の日までいつも通りだぞ」

「……」

「いやか? 」

「そんなことない…… グスッ…… あいべ、秋日影、号…… 一緒にあいべ」

 ご、号? 号ってなに?
 カオリちゃん何で涙ぐんでいるの? え? え?
 
 その日散歩に行って帰って来てからもカオリちゃんはあんまり口を聞かなくて、時折涙を流しながら、藁束わらたばやブラシじゃなくてのひらで何度も僕の事を撫でていた。

 変化が有ったのはカオリちゃんだけじゃなく、タカシくんも、

「おとうちゃん、影ちん家に残す事、できない、のかな…… グスン……」

「せんど聞かしよったがー、牛に渾名あだなつけんなっとさいがー」

「……ううう、うわあぁん! 」

「こどもん内は、だんないさなー」

 次の日からタカシくんは僕の事を影ちんとは呼ばずに、牛と呼び始めた、目を合わさずに……

 そんな事を思い出していたら、今日も辺りが暗くなってきた、牛舎の中はまだ明るいけど、僕たちの一日もそろそろ終わりの時間だ。

『秋日影、聞いているか? 』

考えている僕に、珍しく父の『秋日和』が声を掛けて来た。

『はい、父上、聞こえています』

口数が少なく殆どほとんど話した事の無い父相手には少し緊張してしまうな。

『そうか、良く聞きなさい、先程、明氏が我輩をブラシ掛けしながら呟いていたのだが…… 秋日影、お前は明日、ここを出て行くんだそうだ』

『えっ? 出て、行くって、その? 』

突然、ここを出て行くといわれても、何て答えていいかなんてわからない。
戸惑っている僕に父は言葉を続けた。

『そうだろうな、急に言われて、分から無くても仕方が無い…… お前の兄、秋日山の事は覚えているか? 』

勿論覚えている、去年の暑い時期、丁度今位にどこかに貰われて行った兄さんの事だ、あ! ああ、そうか、

『覚えていますし、自分の事も分かったと思います…… 秋日山兄さんの様に、どこかの家に貰われていくんですよね? 』

『…………』『…………』『…………』

『…………』『…………』『…………』

ん? 父の返事は無いし、牛舎のあちこちから声を殺した嗚咽おえつ、泣き声みたいな物が微かに漏れ聞こえてくる。

『……秋日影、秋日山と同じ様にお前がここを出て行く事は正解だ…… だが行き先はどこか他の家ではない…… お前が連れて行かれるのは……』

そこで、少し間を取った父は驚くべき事を言った。

『食肉加工所だ、そこでお前はまず枝肉に加工されるん、だっ! 』

『わあああん、ああああああああ』

父の言葉の直後、一頭の牛の叫びが牛舎中に響き渡った、あの声は母さんの『千種』の声だ。
 僕の頭の中には不思議な旋律が何処からか流れてきていた。

NO──NONONONONONO──NONONO── ファイヤってか?

え? ええ? えええっ?

 家族だと思っていた…… 出て行った皆も里親が見つかって、外の世界で幸せになってるって……信じていた……

 え? 食肉? 食べる為に育てられていたって事?
 
 そんな!

 気付いたら、涙が止め処なく溢れ出していた。
 悲しくて泣いてたんじゃ無い! 
 ちょっと、可愛がられて、気まぐれに優しくされて、それで家族だって勝手に思って、当たり前の様に食べられる為に売られていく。
 そんな自分が、馬鹿みたいで、恥ずかしくて、惨めで、情け無くて……
 でも、でも、やっぱり悲しくて仕方が無くて。

 涙は、昼間取った水分と塩分が全て流れ尽くすまで止まらずに溢れ続けた。

 やがて、最後の一適を絞り出した時、僕の中に一つの確かな覚悟が出来ていたんだ。

 逃げよう! 小さい子達も一緒に(妹弟)! ここにはレ○も、ノー○ンも居ないけれど、逃げなきゃ!
 そう心に決めた時に僕の頭の中に不思議な声が響いたんだ。

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拙作をお読みいただきありがとうございました!

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