見出し画像

カルチャーデザイン04 空気を変える


「空気」とはまことに大きな絶対権を持った妖怪である。

評論家の山本七平が著書『「空気」の研究』で書いたように、日本人と空気とは切っても切れない存在。日常のあらゆる行動をコントロールしています。

コロナ禍の現在であれば、マスクをしていないと白い目で見られたり、強制力のない“自粛要請”でも多くの人が外出を控えたりなど、日常のあらゆる行動が「空気」によってコントロールされています。

一時期流行した「KY(空気読めない)」や、「忖度」という言葉にも表れているように、「空気」を読み、それに同調することが自然なこととして受け入れられているのです。

それは会社という組織でも同じ。

「空気」は目に見えませんが、ポジティブにもネガティブにも働きうる大きな力。意見を押しつぶしたり、足を引っ張ってしまうこともあれば、逆に人のやる気を引き起こしたり、自信を持たせたりして、組織を良い方向に大きく変えることもあります。

「良い空気」を意図的につくり出すには、どうすれば良いのか。難しいですが、組織における様々な課題解決をするためには絶対に向き合わなければならない問いです。

今回は、そんな「空気のデザイン」について、考えていきたいと思います。


チームの本音を炙り出す

きれいな空気をつくって欲しい。

今年初め、KESIKIにこんな相談が舞い込みました。言葉の主は、モバイルアクセサリの製造販売や、eコマース向けのプラットフォーム事業を行うHameeの樋口敦士社長。1997年に携帯ストラップなどのメーカーECから事業を起こし、スマートフォン用のアクセサリーやIT事業にビジネスを広げながら、2016年に東証一部上場を実現させるまでに成長させた起業家です。

 KESIKIのパートナーの石川が登壇したセミナーをきっかけにデザイン思考に興味を持ったという、執行役員の宮口拓也さんから連絡を受けての打ち合わせの場でした。

韓国、アメリカ、中国に子会社を持ち、社員は370人以上。小田原にある本社ビルは2017年に新築したばかり。会社は順調そのもののように見えますが、相談に来た樋口さんはどこか浮かぬ顔。このままでは会社の未来は明るくない、とまで言い切ります。

「会社の空気がどうにも淀んでいる。会社の未来をスッキリ見渡せて、メンバーが全速力で走れるような環境をつくりたいんだよね」

こうして、4カ月にわたるチャレンジングなプロジェクトが始まりました。デザインするのは「空気」。わかりやすく目に見える納品物はありません。とてもとても、難しいお題です。

キックオフには、樋口さんをはじめ、カルチャーづくりを担うコアメンバー総勢5人のHameeのメンバーが、はるばる小田原から参加。一体どんな空気が流れているのか。事前に樋口さんからの切実な悩みを伺っていただけに、内心ではドキドキしながら当日を迎えました。

プロジェクトへの期待と懸念をざっくばらんに上げていくKESIKI定番の「HOPES & FEARS」。そして、社内でよく使われる言葉を挙げていくという「口癖セッション」。この2つのワークで、Hameeの今の姿を炙り出そうと試みます。

画像1


意外なことに当日の空気は軽やかでした。メンバーはにこやかで、いかにも仲が良さそう。最初に行った自己紹介からも、会社への愛が溢れていました。セッションは拍子抜けするほど和気藹々と進み、意見を張り出すためのボードはあっという間に埋め尽くされます。

思ったほど深刻ではないかもしれない。そう考えたKESIKIのカルチャーチームは、社員へのヒアリングと1DAYワークショップを中心としたプログラムを設計。そこでカルチャーを根づかせるための良いリチュアル(ルーティン化された慣習や口癖、仕事の進め方やイベントなど)を考えれば、空気はかなり改善するのではないか。そう考えました。


画像3


しかしほどなく、その考えが甘かったことに気がつきました。次のステップは社員インタビュー。小田原のオフィスを訪ねて数日がかりで個別のヒアリングをしたのですが、プロジェクトに対して懐疑的なメンバーも多く、前のめりな空気を感じたキックオフの時とは手応えがまるで違ったのです。コアメンバーとの意識のギャップが浮き彫りになりました。

話を聞いたのは、取締役・執行役員、リーダ層、一般スタッフなど、計32名。彼らの言葉から透けて見えて来たのは「変革疲れ」です。

実は、Hameeはこれまでに何度もカルチャー変革の取り組みを行ってきました。しかし、思うように成果が得られず、取り組みが形骸化。外部のメンバーがプロジェクトに入ることに対して、あまり良い印象を持っていない人も。「カルチャーごっこ」という言葉が飛び出てくるほど、取り組みに対して懐疑的になっていました。

これは一筋縄ではいかないかもしれない。

コアメンバーと会社全体の温度差をどう解消していくか。一つの課題が明確になりました。


変革の先駆者を育てる

取り組みに対して懐疑的な社員も多く、じっとりとした空気からのスタート。「カルチャーをつくる」ということ自体に抵抗がある中で、KESIKIが言葉やデザインをつくり込んで手渡しても、また「ごっこ」の一つとして終わってしまう。そう確信し、プロジェクトの進め方を大きく方向転換します。

グイグイと引っ張っていくのはやめて、KESIKI側は裏方に回って伴走するというスタイルに。Hameeのコアメンバーに先頭に立ってもらい、全体をリードしてもらうというスタイルを取ることに決めました。

象徴的なのが、コアメンバー以外の社員を募って行った「ボトムアップロジェクト」と、そこで取り入れたアンバサダー制度です。

変革のコアになってくれそうなメンバーを8人募り、4週間にわたって定期的にワークショップを開催。彼ら自身にリチュアルを考えてもらい、プロトタイプをつくるところまで実行します。その後も社内の協力者を募りながら、彼ら自身にアンバサダーになってもらい、取り組みを広めてもらう方法です。


画像2


当初想定していた 1Dayワークショップに比べ、時間も手間も大幅に増えることは分かっていました。しかし、今度こそ自分たちのものとして組織に根づかせるには、Hameeメンバーの試行錯誤を経てリチュアルを生み出す必要があったのです。

KESIKIチームのヒアリングから導き出された、Hameeの組織上の課題は大きく3つありました。

①社員の多くが、会社の歴史やこれから進む方向を理解できていないこと。

②社員の多くが、ミッションと仕事の繋がりに自信を持てていないこと。

③社員の多くが、部署や立場を越えた協力を仰ぎにくいこと。

①の会社の進む方向の理解不足については、ミッションやビジョンへの理解に個人差があるということ。②のミッションと仕事の断絶については、会社が大事にしているクリエイティビティという言葉が狭義で捕らえられ、自分ごとかできていないメンバーがいるということ。③の協力を仰ぎにくい雰囲気については、部署や役職をまたいだコラボレーションの仕組みや機会が不足しているという課題が浮き彫りになりました。

Hameeを象徴するようなクリエイティブなプロダクトは、これらの課題をクリアし、カルチャーが浸透した先に生まれる。

この仮説の元で、アンバサダーには一番共感する課題グループを選んでもらい、チームに分かれて解決策を考え、それをプロトタイプする取り組みが始まりました。

アンバサダーを集めたキックオフも改めて実施。小田原で行われセッションは良い意味でのぶつかり合いが生じた会でした。議題の中心はHameeが掲げてきた「クリエイティブ魂に火をつける」という言葉について。

Hameeでは数年前からこの言葉をビジョン(自分たちの在りたい姿)として掲げてきました。Hameeらしさを表しているとして支持される一方、クリエイティブという言葉のイメージから、デザインやエンジニアリングを行う一部のメンバー以外は自分ごと化できていないという意見も出ていたのです。

この言葉を会社としてどのように扱うべきか。

そこから議論が発展し、クリエイティブであることは事業の目的なのか、手段なのかという本質的な議論に。最初はおたがいの考えを探りあっているような雰囲気もあったものの、次第に白熱し、率直な意見が飛び交うように。樋口さんに対しても容赦なく質問が飛びます。

組織の中でも会社や事業への愛がある彼らの熱意に火をつけることが、Hamee全体の空気を良くすることに直結する。冷めた空気が熱を帯びはじめ、プロジェクトのターニングポイントとも言える会でした。


自分の言葉で語る

その後、アンバサダーたちは、それぞれの課題を解決するために、リチュアルのアイデア出しから、プロトタイプづくりまでをチームごとに進めていきます。

歴史やミッションの理解には、プロダクトや出来事の年表を。自信の創出には、Hameeらしいと思うポジティブな出来事をシェアするオンラインプラットフォームを。そしてコミュニケションの促進には、座談会の企画を。というように実際の運用を想定しながら、手を動かして形にします。

みな高いモチベーションで取り組んでいるように見えましたが、通常の業務がある中で精神的にも時間的にも負担がかかるのも事実。カルチャーチームのリーダーには、メンバーのモチベーションを保つための力量が求められます。

ポイントになると考えたのは、リーダー自身がこのプロジェクトの意義を、受け売りではなく自分の言葉で説明し周りを説得できるようになっていること。裏方としてサポートする役割を担っていたKESIKIですが、オーナーシップをさらに、Hameeチームに移していくことにしました。


画像4


議論のファシリテーションや社内へのプレゼンテーションも、表に現れるところはすべてHameeチームに仕切ってもらいます。KESIKIチームはワークショップが始まる前に、リーダーチームとプレセッションを設けて、何をどのように伝えるべきかのシナリオづくりを行ったり、ファシリテーターに対しても頻繁にフォローアップをしました。

クライアントと一つのチームになる。

これが、プロジェクトを進める際のKESIKIのやり方です。それでも気をつけていないと「教える側」と「教えられる側」、「受注者」と「発注者」の分離が生まれ、クライアントチームを受け身の姿勢にさせてしまいます。自分たちの手でプロジェクトを動かしている実感を日々感じてもらうことが、課題を自分ごと化する上で欠かせないことだと考えています。

実際にKESIKIとHameeの二人三脚で試行錯誤を続けるうちに、アンバサダーチームの雰囲気も明るく変わっていき、プロジェクトの目的を果たす上でも非常に重要なポイントでした。

理想のリーダー像を言語化する

アンバサダーを中心としたボトムアップの取り組みは順調に進みました。プロトタイプを作っていくスピード感。知恵を出し合ってひとつのものを生み出すプロセス。そういった中で生まれるポジティブな空気に後押しされて、外のメンバーを捕まえてどんどん形にしていくチームも出てきます。まさに、彼らの「クリエイティブ魂」に火が付き、現場のポテンシャルが発揮され始めていました。

プロトタイピングが進むうちに、これを机上の空論に終わらせず、どうしても実装したいというメンバーの思いが強くなっていきます。

ただ、一つ心配なことも。

いくら素晴らしいプロトタイプが生まれても、経営メンバーの協力がなければ実行することができず、せっかくのアイデアが無駄になってしまう。役員たちにはこれまでの組織変革での苦い失敗経験もあります。業績としてすぐに目に見えるようになるものではないと却下されかねません。それを覆すための説得材料の準備ができていないように思えてきたのです。不安の声はアンバサダーからも聞かれました。

そこで、KESIKIは経営メンバーを対象にしたセッションの時間をとりました。チームのポテンシャルを引き出すリーダーシップを「クリエイティブリーダーシップ」と名付け、変革のための行動指針を考えるというものです。

「挨拶と笑顔で始めよう」「背景を語ろう」など、出てきたアイデアの一つひとつは、経験を積んだリーダーにとって、当たり前のことかもしれません。でもだからこそ、きちんと言葉にすることが重要。言語化されているかどうかで、社員への浸透具合が大きく変わります。「クリエイティブリーダーシップ」という名前をつけてみたり、「指針」という形で整理することで、変革への意識付けができる部分も多いにあります。

意思決定を行う経営メンバーと、ボトムアップで推進力となるアンバサダーたち。このふた方向からのアプローチにより、カルチャーを社内で浸透させる環境が整っていきました。


アセット 96


今回のプロジェクトでは、同社のミッションを整理してステートメントをつくり、良い空気をつくるためのリチュアルをつくり始めるところで一度区切りを迎えました。

その後も、アンバサダーたちの自主的な奮闘によって、プロトタイピングは続行。その一つとして形になり始めているのが、カルチャー年表です。単なる社史ではなく、社員がHameeらしいと考える出来事やプロダクトを軸にまとめ、Wikipediaのように社員一人ひとりがアップデートできるように設計されています。今後、同社のイントラネットに掲載される予定です。

アウトプットとしてとても優れているのですが、何よりも素晴らしいのはプロジェクト終了後もアンバサダーの活動が続いていたということ。懸念していた「カルチャーごっこ」に終わらず、本質的な変化が起き始めているという証です。

最初に書いたように、空気はあらゆる行動をコントロールします。でもその気になれば、空気のほうをコントロールすることもできる。うまくデザインすればポジティブなスパイラルを生んでくれる無敵の存在。だから、良くない空気が流れていると感じたら、まずは変える方向に動いてみる。

そのときに大切なことが2つあります。ひとつは、楽しく続けられる解決策を実行すること。もう一つは、変化を楽しむマインドを持つことです。

良くない空気の原因を探り、一つひとつロジカルに、解決策を実行していくというやり方もあるでしょう。ただ、その場合、実行する側がストレスやプレッシャーを感じていると、その空気が伝播し、うまくいかなくなるケースも多いのです。

現在Hameeではカルチャープロジェクト第2弾として新たなアンバサダー9人がプロジェクトに参加し、別の角度からカルチャーに向き合い始めています。アンバサダーたちの奮闘が火種となり、変化が会社全体へ波及していく。その試みが加速し始めています。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?