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[ちょっとしたエッセイ]大好きだけど違ったんだなと思う夜

 どんなに仲が良くても、必ずしもずっとそうあり続けられない。至極当然のような言葉なのだが、そういうことってふと気づいた時にはそうなっていて、そうしたかったわけでもないけれど、なんとなしにそういう結果になっていた。みたいな感じで、今まさにそんな想いに駆られている。

 僕には、小学生の時から、ずっと仲の良い友人がいた。「いた」ということなので、現在進行形ではない。いつの頃からか、連絡を取らなくなり、もう会わなくなって10年近くが経とうとしている。なぜ今そのことについて考えているかというと、結構頻繁に彼のことを思い出すからで、今だけでなくなんだかんだしょっちゅう思い出す。それなのになんで縁がなくなったのだろう。

 小学生の頃、クラスが同じで、習い事も一緒だったことから、仲良くなったY。お互いの家を行き来し、ファミコンをしたり、公園へ行ったり、そして一緒に習い事も行った。僕の中では生活の一部、体の一部でもあった。中学生になり、彼は地元の公立校へ行き、僕は越境通学になったが、それでも毎週末は一緒に過ごした。
 高校、大学になっても変わらなかった。ゲームをしたり、買い物をしにいったり、なんの変わりもなく付き合っていたはずだった。それが今では、彼が何をしているのかまったく知らない。知ろうともしていない自分がどこか不思議だった。
 ただ、その関係の終わりについて、思い当たる節はあった。決定的な出来事があったというわけではないが、中学生の頃あたりから、僕の中に小さな綻びがあったように思う。もしかしたら、彼にもそんな思いがあったのかもしれない。
 僕が生まれ育った町は、東京でも下町と言われる場所だった。ただ、中学に入ってからは、そこを離れ出身地や趣味がバラバラの人間と付き合うようになった。一方で、彼はというと地元の中学、高校へと行った。お互いにできた輪の中で、文化がだいぶ違った環境に身を落とした僕らは、どこかすれ違っていたのかもしれない。
 一度、高校生の時にYに誘われて彼の仲間たちとカラオケに行ったことがあった。ミスチルやチャゲアスや長渕剛といったテレビで流れるような歌を平然と歌う姿に驚いた記憶がある。僕のまわりではカラオケに行く習慣がなかったし、楽しいと思ったことが当時はなかった。そんな中、結局僕は歌えず、つまらない思いをして帰った。後日、Yから謝罪の連絡があったが、もう二度とカラオケには行かないと誓った(大人になってからは、だいたい飲んだ後はカラオケが定番になったのは、なぜだろう)。

 彼がキムタクに憧れて、茶色のダウンジャケットにレッドウイングを履き、僕はドクターマーチンにライダースジャケットを着た大学時代…そのあたりだろうか、一番やわらかな場所にお互い踏み込まなくなっていった。何があったわけでもない。少し大人になってみて、僕らは自分の足りない部分を補い合うことができないとわかったからだろう。不安なときに声を掛ける信頼がなくなってしまった、それだけなんだと思う。

「お前しか頼る奴がいないんだよ」
「たぶんおれもそうだよ」
 そう言ったのは高校の時だった。

「おまえって、なんか変わってるよな」
「いや、おまえが普通すぎるんだよ」
 そう言ったのは、大学の時だった。

 あれから時が経った。そんな正反対の現状を当時は微塵も予想していなかったし、そうなるわけはないと思っていた。今もどこかで違っていたらなんて思うこともある。
 でも、自分のあらゆる角度から、彼について考えてみた。ある意味成熟した今だからこそ、僕が彼に対するスレ違いの原因は何かを考えた末に辿り着いた。ひとつの答えは「土着性への羞恥心」だったのではないかなと思う。
 先述の通り、僕は中学から越境し、高校や大学では、友人の多数が東京の人間ではなかった。一方、彼は地元で中高を過ごし、いつでも同じ仲間が彼を囲った。僕は彼の地元でつつましく楽しむ姿が、うらやましい反面、少しの気持ち悪さを感じていたのは間違いなかったし、小さな地域の中で満足げにした彼の顔がただただ嫌だった。僕は仲間とノマドのようにあちこちで遊び巡り、少なくともひとつの場所では満足できなかったのも事実だった。
 できれば、同じ景色や同じ文化を一緒に感じたかった。ただ、身を置く環境で、ズレた感性はもう今の段階では取り戻せない。だから、今のように距離を置き、悲しいことに関心を彼に寄せることはなくなった。
 それでも、時折思い出す彼との時間は、郷愁の回顧として、僕の脳裏に未だ微笑ましく残っているからだろうか。

「おまえが困ったらさ、何か言えよ」
「おまえの方が心配だよ」

 これ以上にない友情を見せ合ったあの頃はもうないけれど、彼がいつまでも元気でいることを祈りつつ、またいつか会う日が来るのかななんて実は思っている。
 風の噂では、長渕剛のライブには欠かさず行っているらしい。昔カラオケで聴いた君の歌を思い出したよ。

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