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科学と芸術と宗教と哲学と、いろんな視点を織り交ぜながら、僕らの世の中がどうなっているか…

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科学と芸術と宗教と哲学と、いろんな視点を織り交ぜながら、僕らの世の中がどうなっているかを考えて、できれば生きやすくしていきたい。 ヘッダー写真は西表島

最近の記事

日本洋画の夜明けの準備_川上冬崖

先日、日本における洋画(西洋絵画)の夜明け前として秋田蘭画を紹介しました。この時の画家は西洋人から絵を教わったのではなく、文献から学んだのです。 日本人が西洋人から直接絵を学ぶのは明治維新以降ですが、その前に先鞭をつけて「西画指南」という本を書いて、西洋画の美術教育を行なった画家、川上冬崖を紹介します。 川上冬崖(かわかみ とうがい、1828年〜1881年)、幕末から明治前期にかけて活躍した南画家、洋風画家、図画教育者です。 最初は南画(文人画ともいう、中国の南宋画に影響を

    • 科学的人生訓_アルキメデスの原理

      アルキメデスの原理(アルキメデスのげんり)は、アルキメデスが発見した物理学の法則。「流体(液体や気体)中の物体は、その物体が押しのけている流体の重さ(重量)と同じ大きさで上向きの浮力を受ける」というものである。ウィキペディア これって人間社会にもあてはまって、人を押し退けると、その分周りから締め出しの圧力を受けるのは感覚として理解されると思う。 だから、わざわざ人を押し退けずに、自分のポジションを作ればいい。 器に張った水で例えるなら、自分が入り込むために大きい容器に移し替

      • 本洋画の夜明け前_平賀源内と秋田蘭画

        明治時代になり、西洋から油絵の技法が伝わって日本における洋画の歴史が始まったということは知られていますが、実はその前にも洋画を描いていた人がいました。 その幕開けとなったのは蘭学者平賀源内でした。彼は絵を外国人からの直接の指導を受けることなく、書物の挿画の模写などを通して研究をしていました。その源内は1773年に秋田藩(久保田藩)に鉱山技術者として招聘し、そこで小田野直武を弟子にして洋画の技法をつたえたといいます。 小田野直武は源内を追って上京し、解体新書の挿絵を描くなど

        • 宗教_Interfaithという共存方法

          「Interfaith」という考え方があります。「inter=○○間の」「faith=信仰」ということで、直訳すると「信仰際」でしょうか。宗派の違いを超えて相手の信仰のやり方を知ることで、相互理解を進めようという考え方です。 世界には様々な宗教があり時に対立しますが、それは「私の神が唯一なのだ」「異教は間違っている」と相手を理解しないことから生まれます。それよりも相手宗教のやり方を知ることが大事ですね。 日本人は仏教と神道を両方親しみをもっていて、クリスマスにはケーキ

        日本洋画の夜明けの準備_川上冬崖

          哲学の巨匠に学ぶ今の生き方 ロック

          今回の巨匠はイギリスのジョン・ロック(John Locke 1632年- 1704年)です。 「イギリス」「ジョン」「ロック」でビートルズを思い浮かべた人、違いますよ。 高校生の時に倫理を授業でやった人ならばロックの他にバークリー、ヒュームとともに経験論を展開したグループとして覚えているかもしれませんね。世界史をやった人ならば、彼の著書「統治二論」がイギリスの名誉革命を正当化するものになり、アメリカ独立戦争やフランス人権宣言に繋がったということで覚えている人も多いでしょう。

          哲学の巨匠に学ぶ今の生き方 ロック

          印象派にまつわる2人の女性画家〜オタサーの姫ではない〜

          ルノアール、モネ、など印象派の作品にはたくさんの女性が描かれていますね。その一方で女性が画家になるのは当時は難しかったのです。パリの高等美術学校エコール・デ・ボザールが女子生徒を受け入れたのは1897年であり、それまでは親が金持ちで教養として身につけるか、親が画家で親から教わるかぐらいしか女性が美術を学ぶ機会はありませんでした(他にも修道院で学ぶというほうほうもあるけれど) 印象派にまつわる2人の女性画家を紹介します 1人目は ベルト・モリゾBerthe Morisot

          印象派にまつわる2人の女性画家〜オタサーの姫ではない〜

          科学的人生訓_シャルルの法則が示す「熱くなれ」

          物体の温度が周囲より高くなると、上昇気流が発生するね。 これはシャルルの法則で説明できる。 シャルルの法則によれば、期待の体積は温度が高いと大きくなる つまり密度が低くなり、気体は上がる(上昇気流)のだ 上昇気流が発生すると、空いた空間を埋めるように、周りから中心に向かって風が吹いてくるね。 これって人でも同じことがいえて、 周りよりも熱い(情熱がある、エネルギーがある)人は上昇傾向になり、周りの人の注目を集めて巻き込んでいく。 もし、君が自分をランクアップさせて人と一緒

          科学的人生訓_シャルルの法則が示す「熱くなれ」

          十戒は部族が生き残るためのルール

          「十戒」と聞くと何を思い浮かべるだろうか?多くの人はユダヤ教/キリスト教の「モーセの十戒」を思い浮かべると思うので、ここではモーセの十戒について書きます。(仏教にも十戒と呼ばれる戒律があるのですが日本人ですらあまり知らない) モーセの十戒とは神がモーセにシナイ山の頂上で授けた、イスラエルの民が守るべきルールで、ユダヤ教やキリスト教の宗派によって微妙に異なるけれどおおよそ以下の通り。 1)主が唯一の神であること 2)偶像を作ってはならない 3)神の名をみだりに唱えてはならな

          十戒は部族が生き残るためのルール

          哲学の巨匠に学ぶいまの生き方 パスカル

          今回紹介するブレーズ・パスカル(Blaise Pascal、1623-1662年)は哲学のみならず、数学や物理学にも功績を残しています。 まず哲学に入る前に、哲学以外の功績を紹介します。 パスカルの原理:密閉容器中の流体は、その容器の形に関係なく、ある一点に受けた単位面積当りの圧力をそのままの強さで、流体の他のすべての部分に伝える。つまり、下図のように、ピストンの面積を変えると増力するのにつかうことができ、このことを応用したのが油圧ジャッキや油圧ブレーキです。 他にもパス

          哲学の巨匠に学ぶいまの生き方 パスカル

          明治の日本画壇その後 どこの世にも派閥がある

          (カバー写真は岡倉天心) 先日「日本画ってなぁに」の投稿で、日本画というのはフェノロサが行った講演で語られたのが最初であり、当時西洋から入ってきた洋画に対して日本の美術作品の良いところを指摘したと紹介しました。 この講演会は1878年に設立された龍池会という美術団体が主催したもので、会の趣旨は日本美術を守ろうというものでした。一方でフェノロサと岡倉天心は同年1878年に鑑画会という「西洋のいいところも取り入れよう」とする美術団体を作っています。 鑑画会で名を上げたのが狩野

          明治の日本画壇その後 どこの世にも派閥がある

          日本画ってなあに?

          美術にさほど詳しくない多くの人は日本画=昔の日本の絵画と考えていて、写楽の浮世絵も、俵屋宗達の風神雷神も、達磨大師を描いた禅画も日本画だと思われている節がありますが、これらは日本画なのだろうか? そもそも日本画という言葉が最初に使われたのは明治15年(1882年)に当時政府のお抱え外国人として日本にやってきて東京美術学校の設立にも関わったアーネスト・フェノロサが行った《美術真説》という講演です。この講演でフェノロサは、「油絵」と「日本画」を明確に対比させ、「油絵」よりも「日

          日本画ってなあに?

          科学法則に見る人生訓 フラクタル

          「フラクタル」という言葉を知っていますか フラクタルは、自然界や数学の中で見られる、繰り返しのパターンを持つ図形や構造です。これは、小さな部分が全体と同じような形をしているという特徴を持っています。例えば、木の枝分かれや雪の結晶、山の形などに見られます。 ※木の先端の枝分かれの形と全体の形が同じ ※山の一部の形を拡大すると、全体の形になる  ※ヘッダー画像の野菜「ロマネスコ」は一部の突起物は全体の形と似ている など フラクタルは、どれだけ拡大しても同じような形が続いて見える

          科学法則に見る人生訓 フラクタル

          哲学の巨匠に学ぶいまの生き方_スピノザ

          バールーフ・デ・スピノザ(通称はラテン語でベネディクトゥス・スピノザ)は17世紀(1632-1677年)のオランダの哲学者で、合理主義哲学の一派に分類されます。彼の主張は主著『エチカ』において詳述されています。実はこの本は教会や世間の反発を恐れ、死後に出版されました。この本は倫理学、形而上学、認識論を織り交ぜながら、数学的方法を用いて記述されています。またこの本は五部構成で成り立っており、各部は定理や証明、そして哲学的な提案によって展開されます。 第一部「神について」 実体

          哲学の巨匠に学ぶいまの生き方_スピノザ

          ジョット・ディ・ボンドーネ ルネサンス美術の扉を開いた男 

          ルネサンスとは、「再生」「復活」などを意味するフランス語で、一義的には古典古代(ギリシア、ローマ)の文化を復興しようとする文化運動でイタリアで始まりました。 なぜイタリアのことなのにフランス語かというと、この言葉が19世紀のフランスの歴史家ジュール・ミシュレが著した『フランス史』第7巻(1855年)で ‘Renaissance’という標題を付け、初めて学問的に使用したからこれが広まったのです。 それがどのようにして始まったのか。 ルネサンスになったからといってそれまでのゴシッ

          ジョット・ディ・ボンドーネ ルネサンス美術の扉を開いた男 

          科学的人生訓_慣性の法則

          物理の基本原理のひとつ、慣性の法則は人の心理や行動にもあてはまるのですよ。 慣性の法則、これは「物体は自分の状態を変えようとしない」という法則です。つまり、何も力が働かなければ、動いている物体はずっと動き続けるし、止まっている物体はずっと止まったままです。この法則は、ニュートンの運動の第一法則とも呼ばれています。 例えば、サッカーボールを蹴ったとします。ボールは蹴った方向にまっすぐ進みますが、地面の摩擦や空気の抵抗がなければ、ボールは永遠にそのまま進み続けるんですよ。でも現

          科学的人生訓_慣性の法則

          抽象画の父 カンディンスキーの残したもの

          ワシリー・カンディンスキー(Wassily Kandinsky)(1866年~1944年)は一般に、ピート・モンドリアンとともに抽象絵画の創始者とされます。ロシアで生まれドイツ及びフランスでも活躍し、のちに両国の国籍を取得した。 この人、写真を見ると、画家っぽくない(失礼)。 それもそうで、もともとモスクワ大学で法律と政治経済を学び、大学の教授になるコースを歩んでいた研究者気質の人なんです。それがたまたまモスクワで行われた印象派展でモネの「積み藁~朝~」という作品を見て衝撃

          抽象画の父 カンディンスキーの残したもの