ichiken(市原研太郎)

美術評論家

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    • ポストモダン終焉宣言

      「ポストモダンって終わっていなかったんだ? ずいぶん昔に終わったと思っていたんだけど。」  こんな素朴な質問に答えます。

    • アートのある光景-ヴァーチュアル展覧会

      BeforeCoronaのアートシーンを振り返る試み。AfterCoronaにつなげるための記憶のアーカイヴ。そして、失われた時を取り戻すヴァ―チュアル展覧会。

    • murmuring_note

      少し長いつぶやき

    • 現代アート論

      現代アートとは何か?この晦渋な問いに答えることは容易ではないが、それに敢えて答える試みである。現代とアートがいかに結びつくのか?アートは、現代に止揚されるのか?逆に現代がアートに止揚される?

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    ポストモダン回顧と現在(ポストモダンの多様性批判_2)No.4

    ポストモダンの多様性には、明確な限界があった。それは、ティモシー・モートンも示唆しているように、多様性に境界を引く反多様性のモーメントである。多様性を称揚する主体が、多様な要素の上位にいることから生じる多様性に荷重される制限(集合化)である。それは、多様なものを認識の基礎に据えたカントにもある、多様性の囲い込みとまったく同じ心的機制である。 これに気づいていたホミ・K・バーバは、それを回避する理論的仕組みを考案した。それは、主体と他者の間の二重の境界線である。主体と他者という

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      • ポストモダン回顧と現在(ポストモダンの多様性批判_1)No.3

        ポストモダンの思想としての多様性は、リオタールの「小さな物語」を発端として、ポスト・ダントーの何でもありの結論に行き着く。だが、リオタールはともかく、アートへのダントーの影響は限定的だっただろう。彼のヘーゲル主義的アート(の歴史)の終焉は衝撃的(今さらヘーゲルですか?という問いにも関わらず)だったとはいえ、その後のアートの表現の自由へのダントーの貢献に、あまり説得力があったとは思えない。 というより表現の自由は、(ヘーゲル=ダントー流の理念の不在という)否定的な形ではなく、よ

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        • ポストモダン回顧と現在 No.2

          ポストモダン宣言として有名なものは、アーサー・C・ダントーによるアートの歴史の終焉論がある。それを現象学的に記述したのが、フレドリック・ジェイムソンの過去と未来なき現在だろう。彼らの言うことが正しいとすれば、もはやアートに時間や歴史は復活しないのだろうか? だがポール・ヴィリリオの言うように、ポストモダンのグローバル化の加速が、あらゆる事象を「今ここ」に収束させるとしてみよう。とすれば、時間と空間はともに一点に凝集しただけで、通時的(時間)なものや歴史が消滅したことにはなら

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          • ポストモダン回顧と現在 No.1

            中心/周縁図式のモダンの体制の最後の時代(1970年代後半)に、日本は中心(欧米)に追い付き、彼らと肩を並べて中心になったことに大いに満足した。そして、折(1980年代)からのポストモダンの福音(もはや新しいものはないぞ!)に背中を押されて、自らを欧米(すでに旧中心となった)の勢力圏から切り離した。 旧中心は今や模倣の対象ではない、と誰もが思った。確かにそうだ。だが、10年も経たないうちに時代の歯車は回転し、90年代になるとグローバル化したポストモダンが姿を現したのである。い

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            ポストモダン終焉宣言(の余白に)

            軽いポストモダンのテクニック、コピペ(引用)とリミックス(組み合わせ)。コピペは消尽されたが、リミックスは隅に残っていたのか? 理論的には両方ともお払い箱だが、理論が去った後にハイエナのようにどこからともなく現れる掃除屋がいる。彼らは、資源を供給するアーカイブが空になって途方に暮れたリミックスを、差異の鉄則通り極大、極小化することで無限の差異を二乗し、サバイバルする余地を与えた。彼らの手にかかれば、同一でさえ差異である(それは間違いではない)。 これでは、リミックスの無間スパ

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            ポストモダン終焉宣言、第10弾!(念を押しましょう)

            ポストモダンの始まりは、モダンの行き詰まりへの窮余の策だった。つまり、もはや新しいものはない。だからオリジナルはない。よって模倣もない。結果、作品はシミュラークル(モデルなきコピー)になる。 この三段論法の大前提を失うと、何でもありの多様性であるとポストモダンに言い渡され、嬉々として伝統に舞い戻るわ、プレモダンからモダンまで何でも模倣するわ、猿真似なのにオリジナルと思い込むわ、とハチャメチャな事態(ポストモダンの行き詰まり?)に逢着する。 だが、ポストモダンにシミュラークルの

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            ポストモダン終焉宣言、第9弾!(ポストモダン後半の20年間の空白と付録のプチ・マニフェスト)

            新世紀以降ポストモダンという言葉はついぞ聞かれなくなった。 終わったか、飽きられたか? いずれにせよ、ポストモダンの戦術的に依存的な人間の紡ぎだす文化現象が軽佻浮薄なのは、目をつぶるしかない。 流行としては去ったが、まったく解決していない。なぜなら、ヘーゲルの言うようにアートが絶対精神に見捨てられたとすれば、その後どうすればよいのか? つまり「小さな物語」の箍の外れた乱立とそれらの間の断絶の問題は、たとえそのすべてが内向して沈黙の均衡を得たとしても、消滅したわけではないの

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            ポストモダン終焉宣言、第8弾!(ポストモダンの時代に注目すると現在が見えてくる)

            前世紀末の90年代は、大きな物語(プレモダンかモダンかどうかはともかく一元的世界観)と小さな物語(多元主義と相対主義)の間の論争があった。90年代はまだ大きな物語の燃え滓が燻っていたのだ。 それに対して多様性の欲求は、90年代を通じて増大していった。そのようにして現代アートはポストモダンの海に流れ込んでいったのだ。 多様性の度合いが高くなれば、それは表現としてはプライベートなものの繁茂という形で現れた。コミュニケーション不可能な分裂の様相は深刻になった。それに警鐘を鳴らす者も

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            ポストモダン終焉宣言、第7弾!(ポストモダンが終わるべき理由とその後)

            モダンの理念は物質だった。その理念を実現するのがモダンアートである。 シミュラークル(可視)はポストモダンアートの形式であり、その形式の原理=理念(不可視)が差異である。モダンアートの形式が可視的物質であり、その原理が不可視な物質(理念)であるのと同じ論理構造だ。 モダンに大きな物語(物質という理念)があったように、ポストモダンにも大きな物語(差異という理念)があった。さて、その大きな物語に終焉が訪れる。それがポストモダンではない。ポストモダン自体が終わるのである。終わりをぐ

            ポストモダン終焉宣言、第6弾!(終焉宣言の日の天気に、ポストモダンとは何だったのかを改めて問う)

            ポストモダンとは、一体何だったのか? 少しじっくり考えれば、アートにおけるポストモダンは、二系統の流れがあったのではないかと思える。 一方は、小さな物語の多様性。ダントーは留保(アートから理念が立ち去る)をつけて、この党派に属する。前世紀末から今世紀初めの多文化主義も、これに入る。その後、多文化主義は硬直化した。 他方は、差異とシミュラークルの系統。クーンズを筆頭とするポストモダンのアートの主流である。 この二系統が混同されて誤解したり、相互に排除したり、無下に混合されたりし

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            ポストモダン終焉宣言、第5弾!(ポストモダンの黄昏に面して)

            確かに、ポストモダンはだらだらと継続してしまった。 終わる終わると言いながら終わらない。アーサー・C・ダントーが予言したように終わりを終わり続けるというのは、正鵠を射ていた。ということは、やめるやめると言いながら煙草をやめられないのと同じか? ポストモダンは中毒化する?! その証拠に、多文化主義は終わったはずだが、またぞろ新手の文化を持ち出してくる。プリミティヴィズムも終わったはずだが、土着的なものがいつの間にかはい出す。面白いのは、グローバル資本主義と手を切ってまでドメステ

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            ポストモダン終焉宣言、第4弾!(アフターコロナのアート)

            Wade Guytonの創作について付け加えておくと、彼が主題とする〈差異〉はあらゆる現象の背後にあるので、その戯れが起きるのは表層ではない。 ポストモダンの終焉は、この不可視な〈差異〉の現実化であると述べた。それは、シミュラークルの純化が最高点に到達することと等値にして同時である。シミュラークルこそが〈差異〉の戯れの現場であり、〈差異〉が表層ではなく深層から浮かび上がる震央である。シミュラークルは、その浮揚力によって軽やかに舞う。しかし〈差異〉は、深層にあることで、その底に

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            ポストモダン終焉宣言、第3弾!(ポストモダン40年の簡単なまとめ)

            ポストモダンのアートは、理論的には三つの原理(相互に絡み合っている差異、シミュラークル、小さな物語)によって駆動され制御されてきた。だが実際に、ポストモダンアートの歴史を動機付けたのは、モダンの行き詰まりを打開するアートのサバイバル本能だった。 モダンアートは1970年代までに、新規なものを生み出すことができず、オリジナリティも、その連続が形成する進歩の輝かしい歴史も期待できなくなり、閉塞状況に喘いでいた。その袋小路を破る方便として編み出されたのが、ポストモダンである。 アン

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            ポストモダン終焉宣言、第2弾!

            私の予想が正しければ、アフターコロナはポストモダンの終焉を目撃することになる(現下のコロナ禍でプロセスが早められた)。その予兆は10年前からあったが、封印されていたポストモダンの原理が白日の下に晒されるのである。 モダンの絶頂期から20数年後、モダンの原理である〈物質〉を、リチャード・セラが剥き出しの形で露顕させた(宣言、第1弾!参照)。それと同じように、具現不可能とされた〈差異〉(あらゆる相違がそこから生まれる不可視の起源)が、ポストモダンのピークから20数年後の今、あられ

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            ポストモダン終焉宣言、第1弾!

            ポストモダンは理論的に終わっている(一貫したまともな理論があったのかも怪しいが)。終わりを終わりつづけて終わらないポストモダン延命の最後のアポリアも解決した。そんなことに労力をつぎ込む暇な人間がいなくなったからである。 ならば、ポストモダンの終わりを誰かが実証しなければならない。そうでないと、アートは次に進めない。モダンはリチャード・セラの作品で、死亡宣言が下された。その後、すぐにポストモダンがやってきた。ならば、誰がポストモダンに引導を渡すのか? セラが純粋物質を提示してモ

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            Judd展@MoMA New York(本来なら7月11日まで)

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