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天災は忘れた頃に

2021.2.13

深夜、激しい揺れに遭う。
約1ヶ月後には震災から10年を迎えようとしているこの時期に。

福島、宮城では最大で震度6強を観測した。
日光でも、ここまで大きな揺れは久しぶりだった。
震度4だだったが、体感ではもっと大きく感じた。

天災は忘れた頃にやってくる

寺田寅彦の警句とされているこの言葉。
シンプルで使い古されているように思うが、こういう事態にはいつも真っ先に頭に思い浮かぶものだ。

実際に寺田自身が言った言葉かどうかが定かでは無いそうで、著作に残っている言葉でも無いのだが、ここは伝聞に頼るべきだろうと思う。


自然災害は、人の都合など関係なくやって来る。
忘れた頃にやって来るし、忘れぬうちにもやって来る。

そんな当たり前のことを「ことが起きてから」思い、実感するのであるが、いつしかまた忘却の彼方
喉元過ぎれば何とやら。

私自身は、ちょうど東日本大震災における、一つのコミュニティの復興まちづくりのプロセスを、記録と記憶を辿りながら整理し、(下手ながら)書き綴っていたところだった。

震災からの10年を考えながらの作業だが、それでも、実際に地震が起きる事態は想定などしていなかった。正直なところ。


さて、今回の久々の大きな揺れには驚いたが、一番驚いたのは、これが

東日本大震災の余震

なのだということ。
10年経っても余震が起こるという事実を、体感してしまったのだ。


自然災害に抗い、あるいは去なす(※)には、忘却と闘い、備えることしかない。
そんなことをあらためて考えさせられた。
※最近では「減災」の考え方が一般的になってきた。

忘却と闘うには、一人ではなく、コミュニティの方が良いのかもしれないと、最近はそんなことを考えている。

まずは、暫くは余震に気をつけたい。

まずは「備え」しか無いわけだが。

…と、これを書いているいまも余震が。


被害に遭われた方の復旧・回復と今後のご無事を祈り申し上げる。

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