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青空の下、汗水垂らして働く

カナダのブリティッシュ・コロンビア州での猛暑の話を友人から聞くまで全く知らなかった。慌ただしい日々に流されていると、意識しなければ3年も過ごした国の危機的なニュースであっても、気づかぬ内に自分の脇を通り過ぎていく。
多くの人がカナダに対して冬のイメージを抱くのではないだろうか?もちろん、冬に雪が壁のように積もることもある(住んだことのあるカナダ東側に関して)が、夏は比較的暑い。それでも、摂氏49.5度という数字が、この猛暑がいつもの暑さではなく、異常なものであるということを物語っている。

今回のカナダを含む異常な暑さのニュースを目にする度、気候変動やグローバル・ウォーミングといった言葉が頭をよぎる。森林について勉強している人は、環境問題にも敏感な人が多い。ただ、気候変動については人にによって捉え方が様々なようだ。カナダの林業学校でクラスを受けている時、気候変動の影響で森林分布が変わる可能性があるという話題になった。何十年か後、現在のこの土地で見られる森林の種類が全く違うものになるのではないかと。「森林分布まで変わる何て気候変動恐ろしいな」と僕は単純に思ったが、友人の中には「地球環境の自然な気候変動でサイクルが繰り返されるから異常な変動ではない」と考える人も何人かいた。
地球環境のサイクルであろうとなかろうと、この気候変動の影響は人にとっては大きい。林業学校に在学していた時にクリスマスツリー農園で働いた経験から、僕は青空の下、汗水垂らして働くのが性に合っている(気がする)。これからアウトドアで働くことができなくなるような環境になるのは勘弁だ。

5月から8月末までの夏休みの間は、林業学校の学長だったジェリーが経営するクリスマスツリー農園でサマージョブをすることになっている。仕事も決まって一安心と思っていたが、職場の農園まで通勤するための交通手段がなくて頭を悩ませているのが現状だ。車を買うのもまだ早い気がしていたし、レンタカーも計算したら結構な額で愕然とした。カナダに来てから友人から助けられて日々を送っていたことに気づく。その友人達も夫々のサマージョブ先に行っており、孤立無援の状態だ。バスで行けるんじゃないかと思いつつも、悩みは募る。

そんな状況を察してくれたのか、ジェリーから農園で一緒に働く予定の同僚に送り迎え聞いてみようかとのメール。何と有り難い。神様か。いくらかガソリン代を払ってくれたらOKだよとの返事が来てホッとする。綱渡りのようだけど、何とか仕事に行けそうだ。

林業学校の校舎が含まれる施設の前で同僚を待っている。八時数分ぐらい前に、バスの後ろを走る派手なSUVが目に入る。遠目にもあのオレンジ色は目立つ。あれは同僚のアシュリーの車だ。オレンジ色の車体にアメコミのキャラクターが所々に描かれている。時折車から聞こえるギシギシという音が少しだけ気になるが、後はクールだ。「おはよう」と挨拶して車に乗り込む。夏休みで働くまで学校以外の人達とあまり話す機会がなかったので、最初は戸惑ったが、この同僚はとても気さくな兄さんだ。ジェリーの農園までは車で20分ほど。バスで行けるところまで行ってから、後は歩いて通勤しようと考えていたが、実行しなくて本当に良かった。バスが通っているエリアは限られていて、農園近くまでは通っていない。歩くと言っても大きなダムを越え、そこからまだ道のりが続く。もし歩いたら3時間以上かかるだろうから、働く体力なんて残っていなかっただろう。車に揺られながら、運転席でティムホートンズのコーヒーを飲んでいるアシュリーに感謝する。
農園は小さい個人経営なのでオフィスがあるわけではない。その代わりに物置小屋に荷物を置いたり、休憩場所として使っている。車で小屋の前まで移動する。車から降り、伸びをする。八時台はまだ暑さの最高潮ではないから、過ごしやすい。
農園での仕事は、クリスマスツリー(和名:もみの木、英名:Balsam Fir )の手入れ。伸びてきた葉を切って整える。木に肥料を上げる。後は、芝刈り、植樹、農園維持管理。今日の午前中は芝刈りを行う予定だ。手袋と安全靴を履き、乗車できるタイプの芝刈り機を小屋の外に出す。ガソリンを入れ、二人でお互いの作業場所を確認する。「そういえば、この農園にはHOGWEED(和名:バイカルハナウド)が結構生えているから気をつけてな」とアシュリーが言う。この植物の樹液に触れると、肌が火傷をしたみたいに腫れ上がるそうだ。調子に乗って芝刈り機に乗っていたので、樹液を飛ばさないように気を付けなければ。
芝刈り機は、ゴーカートみたいで楽しい。簡単な操作で運転できるし、農園を歩かなくていいのが何より助かる。レバーを操作し、前に進む。午後も仕事はあるからエネルギーは取っておかないとバテテしまう。売り物のもみの木を傷つけないようにゆっくり進む。オーナー曰く、クリスマスシーズンの12月に家族で木を選んで、自分達でのこぎりで切ってもらうことで他と差別化を図ったとか。カナダ人は本物のもみの木を家に飾るんだと驚き、クリスマスが特別なんだろうなと思いつつ、芝を刈る。

正午に近づくにつれ、気温が上昇していく。水分補給のための休みは適宜取っているが、昼休みは一時間休めるので非常に有難い。持参したバナナとオレンジを食べる。最初のころはサンドイッチを持ってきていたが、食べやすいフルーツに変えて正解だ。安全靴を脱ぐと、開放感が半端ない。物置小屋なのでクーラーが効いていないのが残念ではあるが、我慢しよう。外の暑さは最高潮。午後はもみの木の手入れなので頑張らなくてはと、汗で出た分をゲータレードで補給する。

炎天下の午後は、もみの木の手入れを黙々とこなす。アシュリーがスマホで音楽を聴いているのが目に入る。一日に決めた作業量が終わればいいということで、音楽を聴いても問題ない。僕も音楽を聴きながら、もみの木の伸びすぎている葉を剪定する。剪定用のブレードでシュパッと葉を切り落とす。サムライみたいじゃないか。シュパッ、シュパッ。切り捨てられた葉がドサッと地面に落ち着ていく。切り捨て御免。高い所は、高所用の剪定ばさみで作業を進める。だんだんとクリスマスツリーの形に整ってくる。冬には誰かがこのツリーを買ってくれるのか?是非とも買ってほしいものだ。
「暑い、暑い」と汗を拭きつつ一息つく。ipodで曲を選ぶ。スマホの電池が短いので、使い古したこのipodに頼っている。二時間ぐらい作業に集中できるように、オーディオブックはないか。リストを探していると、いつか入れた落語の「芝浜」を発見する。まさか、カナダの農園でクリスマスツリーを整えながら芝浜を聞くことになろうとは。これは夢ではないだろうか?
日差しはまだ弱まらない。体はクタクタだが、働いているという感覚がある。この感覚が好きだ。やりがいのある仕事をすることはこれまでもあったが、「今日はよく働いたな」という実感を久しく味わえていなかった。こんな風に汗水垂らして働くのは、自分の性にあっているのかもしれない。何だか嬉しいので今日は寮に戻ったら、独りビールでも飲もうかしら。いや、夢になってしまうかな。
生ぬるくなったゲータレードを飲み干す。そういえば、毎日の業務をフィールドブックに記入しなければならない。毎回英語で一ページ以上書くのは結構つらい。しょうがない、寮に帰ってシャワー浴びてから夜に書こう。それにしても、今日も暑い。

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