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【北野唯我氏、最新作祝 出版前日、書評】  戦国と現世をつなぐイノベーティブな境界侵犯


“History repeats itself”。

資本論で知られる巨匠カール・マルクスの「歴史は繰り返される」という言葉の重みを噛み締める毎日が続いています。度重なる自然災害、コロナ・パンデミック。私たちの日常の想定をこえうる出来事も、世界的に経験してきた事象の再現に過ぎないのです。

痛みや悲しみを伴う目の前の出来事に対して、過去の経験からブレークスルーポイントを見出すことができるなら、私たちのハードシングスはいくらか和らぐのかもしれません。何とか突破口ないものか。

そんなもやもやとした日々を過ごしていた時、1冊の本を手にしました

「戦国ベンチャーズ」

戦国時代とベンチャーを繋ぐのか? 
戦国武将と現在の起業家を比較するのか?
歴史の再現と未来の構想は、いかなるダイアローグを生み出すのか?

タイトルから想起される壮大なテーマに対して、本書は果敢に切り込んでいきます。そしてオープニングから鋭い問題提起がなされます。

「名将」と呼ばれる人物は、時代に抗う中で、その都度、最適なタレントを採用する戦略人事の達人たちであったということです。さらに、加えて、私たちの働くを規定している「日本型の人事制度」を乗り越える、新たな可能性(*より厳密な意味において述べるならば、本質的な実力主義への再考)を提示してくれるのです。

キャリア論の分野で言うところの「キャリア・ヒストリーアプローチ」の手法がダイナミックに散りばめられてます。

現在を生きる私たちにとって、時空をこえる想像力を働かせることは容易なことではありません。なぜなら、私たちの思考は、頑強な檻の中に閉じ込められてしまっているからです。恥を忍んで述べるならば、戦国武将一挙手一投足に、現在の戦略人事を考えるヒントがあるとは、考えてもいませんでした。私には、そのような時空と境界を侵犯する想像力が欠けていたのだと痛感しました。

 さらに、戦国武将たちの組織マネジメントを「実力主義型」だと断定するのではなく、「強みの経営」として因数分解されていくアプローチにもいつの間にか惹き込まれていきました。

 たとえば、稀代の創業経営者である江副浩正氏や孫正義氏の経営手腕である「外脳のヘッドハンティング」を歴史的に紐解くと、三国時代の曹操や戦国時代の徳川家康に行き着くと述べられている。続いて、武田信玄もあわせることである結論が導き出されています。

 年功序列型の人事を採用した名称はいない。
 「強みを生かした経営」でしかない、と。

ここから戦国ベンチャーズは、さらに、組織開発の深部へと展開していきます。強みの経営を理論にとどめるのではなく、経営の現場で実装させるための4つの方程式(真の成果論、事業課題設定論、組み合わせ論、配置登用論)が提示されるのです。

「強みの経営論」は、戦国と現世の時空を自在に行き来しながら、経営戦略や戦略人事に必要な「人的資本の最大化」や「組織活性化」を促す破壊と創造のメカニズムが丁寧に解き明かされていきます。そして、圧倒的な個人による暴走が成果につながるのではなく、強みの戦略的ブレンディングや強みのコラボレーション方式が次から次へと展開されていきます。

戦国ベンチャーズは、過去と現在を往還しながら、実は、私たちを未来へと導いていくのです。本書の最大の魅力は、戦国武将たちの武勇伝が勇ましく再現されるという均一化されたナラティブ・ヒストリーとは一線を画し、組織マネジメントや個人の活かし方という普遍的なテーマに立ち向かい結果を出した手腕へのドラマティック・アナリティクスが全編に渡り効いているところにあります。

戦国武将と最先端の戦略人事・戦略経営を繋ぐという境界侵犯こそが、私たちの目の前の想定を越える様々な事象への適切な眼差しとそれでもなお前に進んでいくという確固たる意思を持ち続けることを許してくれるのです。

私たちにとって歴史とは、一枚岩的で大文字の物語で語られがちです。さらに、歴史の「正解」を知識として覚えるものだという認識がどこかにあるように思います。しかし、それは違いますよね。

「戦国ベンチャーズ」は、歴史とは個々の一人ひとりの生き様であり、人間味溢れる毎日のワークライフの多様な集積であることに、改めて気が付かさせてくれます。だからこそ、今を生きる私たちの目の前の組織課題や社会課題にも連接してくるのです。

歴史とは過去ではない
歴史とは未来を担う現在である 

本書を読み終えた今、冒頭のマルクスの言葉も次のようにアップデートすることができるでしょう。

「繰り返される歴史に学びつつ、私たちは新たな歴史を生み出すことができる」と。


2021.08.30. 「戦国ベンチャーズ」公開前日 
戦国武将の生き様に、新たな覚悟を重ねながら
田中研之輔

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