秋季

 秋の匂いがした。白っぽい青空には、盛りを終えた入道雲がポツポツと取り残されている。少し肌寒い。
 僕たちは、まだ明けきっていない暗い朝日の中をゆっくりと歩いていた。朝露に濡れたコンクリートには、黄色や赤に変色した落ち葉が所狭しと落ちている。
 ー秋は嫌いよ、寂しいわ。
 そのように言った鏡子の顔は、朝焼けの光のせいで暗いコントラストができている。
 ぼくは秋について考える。手始めにキノコについて考えてみた。しかし、薄暗い森の中で、無数に生える、奇妙な色や形をしたキノコは、ぼくに不快感しかもたらさなかった。

 鹿が2度鳴いた。甲高い鳴き声は高い空に反響して、空気を振動させながら、徐々に弱くなり、やがて消えていった。確かに寂しかった。
 ー秋は嫌いよ、死にたくなるもの。
 鏡子は、先ほど自ら言ったことを再確認するように冷たく呟いた。
 ー死にたくなる?
 ーそうよ、どこかの小説家も言ったでしょう?落ち葉を見ると死にたくなるって。紅葉なんか嫌いよ、山ごと燃やしてしまいたいわ。
 ー志賀直哉の話かい?あれは落ち葉を見ながら孤独だと言ったよ。
 ーどっちも似たようなものよ。今となっては少しも面白くないわ。そんなこと言って、感傷的になんてさせないでちょうだい。

 シカがもう一度鳴いた。今度は3度鳴いた。
 ーシカさん、どうしてそんなに鳴くの?やめてちょうだい。
 鏡子は低くつぶやいた。
 ーシカもメスを求めて鳴いてるんだよ。彼の声は、きっとメスに届いてるのかな。
 ーもうやめてって言っているでしょう?もう耐えられないわ。
 鏡子は泣き出した。鏡子の嗚咽は、高い空の下でひっそりと生まれては消えていった。

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