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赦すこと。待つこと。①

自分にとって、苦手なコトの代表がこの二つです。
今回は『赦すこと』について書きます。

赦すこと。
過去に犯した過ちを、恨むのをやめる。償いを求めないこと。
と、こんな認識をしています。

自分の言葉で納得のいくものは、「過去への解釈を変えること。」
当時は腹立たしく、顔を見るだけで吐き気がする相手でも、今振り返ると相手の気持ちが少しわかったりもします。認められることもあります。
そのとき起きた出来事に変わりはないのですが、自分の尺度が変わっただけです。
自分の視点の角度、観念の強さ、思いやりの欠如を痛感したりもします。

この赦すことができたのは、アドラー先生の教えが一番大きいです。

「人が持ってくる悩みの多くは、『可哀想な私』と『悪いあの人』ばかりです。それに対して話を聞いても、一時の慰めにはなっても、問題の解決にはならないのです。
じゃあ、どうしたらいいか。『これからどうするか。』の一点を見るだけでいいのです。」

この言葉に出会ってなければ、過去を生きる人間を貫いていたかもしれません。

赦すこと。今では簡単に感じます。(心の底から、腹の立つことが起きてないからかもしれないですが。)
赦すことは、自分の考えと行動を変えるだけです。
他人のコントロールと、変えられない過去は必要としません。

自分の解釈と同じように、他人も常に変化しています。
『悪いあの人』は過去の人で、今は変わっている。
再び会ってみて、「やっぱり合わない。」となれば、関わらなければいいのです。


義姉の話を少しさせてください。

少し認知の入った、血の繋がりのあるばあちゃんがいます。現在92歳です。
「お金が無くなった。A(義姉)が盗んで行ったんだ!」
と、本当か嘘か真偽はわからないですが、少しガッカリするのはわかります。
それ以来3年以上、ばあちゃんのとこに出入りも、連絡も、一切遮断してしまいました。

第三者として見ていると、すごく寂しいことです。
このまま、ばあちゃんに会わずに命を失うとき、何を思うだろうか。
「それでも後悔がない!」と言い切れるならいいですが、それも本心なのか周りにはわからないです。

関わりたくないならそれでいい。
意地を張っているなら、赦してあげましょう。

この先の人生に、一つのしこりを残すことのないように生きていきたいものです。

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