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私的詩手帳

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2021年8月の記事一覧

(詩)立秋

坂道をくだりながら
くだらない話をふりまわしながら
あなたと季節を無駄遣いした
あの日々のことを思い出します

思えば贅沢な時間でした
時は前だけを見て過ぎ去っていって
わたしたちは目の前を横切る一刻一刻の
後ろ姿から好きなだけ果実をもぎ取って
みずみずしさと甘酸っぱさの飽食を
所与のものとしていたのですから

このようなことを言うのが相応しいかは
わたしにもわかりませんが
いつまでもそうしていら

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生焼け夕焼け

自分でとばした紙飛行機に
導かれて走りながら
生焼けの夕焼けを追いかける
手が届きそうで届かない理想を
焼けそで焼けない夕空を
飽きもせずに追いかける

たそがれどきに長い影つれて
いつまで小石をけとばしてられるか
友達とはりあったあの頃と
今でもまるで変わらない
いつまでも子供でいられる
いつまでも大人になりきれない
夕焼けはずっと生焼けのまま

道ばたの小石のように
やけくそのような希望を

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孤独の翼

わたしというちっぽけな体が
孤独な一対の翼が
風をとらえて飛翔する
知らない場所は手招きする
知らない言葉で呼び寄せる

独りだけで飛ぶ時間の中では
世界に自分一人しかいない
しかし世界は自分のものではなく
むしろ自分は世界の一部でしかなく
独りであっても一人ではない

気流の中で静止し独り考える
はじめて空を飛んだ鳥は
はたして幸せだったのか
もし飛ばざるをえなかったが故に
飛んだのだとしたら

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真夜中のでんでん太鼓

わたしが生まれ育った村では
毎日真夜中になると
森の奥から
でんでん太鼓の音が鳴り響く
日によって鳴らされる時間は異なり
どうやら月齢にあわせているようだった
新月の日には短く
満月の日にはひときわ長く
てんてんてん
てんとこてん
とことんてん
ててててとん

いつからそうなのかは
誰も知らない
記録もなく
村に伝わる古文書にも
いっさい残されていない
村のものは誰ひとり
一日一回のでんでん太鼓を

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湿り気を帯びた音楽

音の波の粒のひとつひとつに
蓮の葉の朝露みたいなのが
ちょこんとのっかったような
湿り気を帯びた音楽を
手元においておきたい

日曜の遅い朝みたく
くるまれのままに
眠気の舟にたゆたう
あの手触りに似た
湿り気を帯びた音楽を

何も抱きしめていなくても
じんわりとあたたかさや
ひそやかな圧力をくれる
小さくて でもたしかな
湿り気を帯びた音楽

日々の数珠つなぎのあいだに
すっぽりおさまる
湿り気

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オレンジ

ころがるオレンジ
ぶつかって
満身創痍の
ビリヤード

心じゃいつも
不安と安堵が
玉突き事故して
こんにちは

そういうふうに
できていて
そういうふうに
生きてきた

ちっぽけな手で
何かをつかめば
もれなくあえなく
もてあまし

幸と不幸は
小波のように
望みもせずに
くりかえす

波のリズムは
涙をさそう
なみなみそそいだ
かなしみの波

涙はいつも
出しおしまない
それがわたしの
濃縮果

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ふわふわしている

ぼくらのなかみはたぶん
ふわふわしている
そしてそとづらも
タオル地のように
ふわふわしている

圧されればへこんで
離せばぼわっと戻る
叩けばほこりが出て
日なたに干せば
ふくれていく

あやふやで軽く
弾力はたしかで
抱きしめると
はりのあるふわふわで
寄りそい返してくる

やわらかく
圧をたたえ
やわらかく
のびちぢみするタオル地
綿はそのなかで
誰かから抱きしめられるのを
きっと ずっと

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(詩)レトログラード

知ってしまったぼくら
ただただ空を仰ぎみる
知ってしまったぼくら
こわばった頬を風がぬぐう
知ってしまったぼくら
両手に何もつかめないまま
夕焼け色のしみが
体の芯まで染み込んでゆく

知ってしまったぼくら
風に逆らい歩いてく
知ってしまったぼくら
川の上流をのぞむ
知ってしまったぼくら
時計のりゅうずを逆回し
夕闇に抗うような残照の中
十二時の針は静止していた

知ってしまったぼくら
否応なく夜

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