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他人の人生を生きたくない①

 僕はうつ状態が長く続いている、うつ病になりかけている、と診断されたことがあります。
 恐らく、いま現在僕の周りにいる友人や会社の同期が聞いたら、嘘だろ!とか、冗談だろうなぁ、と思われるかもしれません。でも、つい1年半前まで、精神的に不安定な状態が続いていました。そこで、なぜそんなことになったのか、どうやって回復したのか、そんな経験をして何を気づき、何を学んだのかを書きます。

 僕は八方美人でした。今もそういうところがあるかもしれませんが、学生時代、とても人からよく思われることを気にして、意見をコロコロ変える人間でした。当時の私は、友人も多く、関わった人の大半に、優しい、ノリが良くて面白い、という印象を持たれていた気がします。恋人もいたし、ある程度楽しいなあと思っていました。

 さらに、僕は人に良く思われたい、すごいと思われたい、いわゆる承認欲求ってやつがすごい強くて、人がしないことをする事も好きでした。自分がしたい事というよりも、他の多くの人、マジョリティができない事、少数派のかっこいい人たちになりたかったんです。だから、大学生の時、自分はどうやったら格好の良い大人になれるのか?どんなことをしたら少数派ですごい人になれるのか?ということしか考えていませんでした。だから、現実の自分、飲食店で一生懸命働かず、仕事をただ覚えて働くだけの自分、大学にろくにいかず単位だけ取ろうとする自分、なんかを認めずに見ようとせず、新しいことをしている自分ばかり見ていたんです。

 大学生になって、就活がはじまりました。僕は、憧れている優秀な先輩がいて、彼に相談をしたところ、「自分がしたいことをダイレクトにやりたいなら、ベンチャー企業がいいよ!」と言われ、何も考えずベンチャー企業に就活を始めました。まず、先輩に勧められたのは、彼がインターン(アルバイトのようなもの)をしていた人材系のベンチャー企業が主催している就活イベントへの参加だったので、すぐに申し込んで、次の週には席に座って企業説明を聞いていました。そこでは、キラキラした人たちが、嬉しそうな顔で自分たちの話をしています。かっこいい、楽しそう、自由に働くってすごい!みんなやってないんじゃないか?と純粋に思っていました。幸いというべきか、僕は働き方というものに関してこだわりがなかったので、業務量なんで気にしていなかったし、能力も好きなことだったらついてくるだろう!と無思考にここで、ベンチャー企業に絞った就活を決めてしまうんです。

 読んでいる方は、「あぁここで何も考えずに就活して、上手くいかなかったから精神的に不安定だったのね。」と推測される方が多いのではないでしょうか。実はこの就活、成功してしまうんです。細かい話は省きますが、内定も多くもらって、ある程度周囲から認められてしまったんです。半年後、僕はもう以前の僕ではありませんでした。ベンチャー企業で働くことに対して何の疑問も持たず、逆に大手企業に入るなんて自分がしたい事理解ができてないから、守りに入ってるんだ!とさえ思っていました。ヤバいやつですね。ビジネスモデルという、世の中のお金が生まれる仕組みを意味も分からず覚え、自分は話すことが1番好き、人との間に立って自分の関わった人同士を繋げて幸せにしたい!という曖昧な想いを持って、人材系のベンチャーやコンサルタントになるんだ!と思っていました。(僕自身が1番自分のしたいことを理解していなかった。)
 話を戻して、就活を始めてから半年後、僕は先輩から勧められたイベントを運営しているベンチャー企業でインターン生として働いていました。そこは就活イベントをしているくらいですから、人材系の企業でしたし、なにより学生の前で司会をして就活の手助けをしている学生ってカッコいいな!と思って働くことを決めたんです。

 最初は順調でした。私は、イベントの司会のみを任されていました。会場の設定や参加者に配る資料の作成などの事務的な作業を関与せずに、人前にでる目立つ仕事のみ引き受けてやっていたからです。ろくに勉強もせず、得意だった人前で話すことだけ、楽しいことだけやっていたんです。司会をやることで、自分の意識は、能力や自分らしさを置き去りにして、どんどん高くなっていきました。運よく?僕の司会は学生参加者からは好評で、不当に評価が引き上げられていったんです。参加者の就職先の相談もしていたので、全く経験もなく知識もないくせに、企業情報だけ詳しいだけで尊敬のまなざしを受けることに気づき、どんどん自分の担当する学生を増やしました。最大で50人以上を担当して、ラインやメールが何件もたまる日々が続き、自分が仕事のできる人間だ、特別なんだ、この仕事は自分に向いている。という風に自分の承認欲求を満たすためだけに活動をしてしまっている自分がいました。

 インターンを始めてから半年後、自分をメインとするイベントが開かれることが多くなり、司会業と相談に加え細かな事務作業を引き受けることになりました。これまで、他の人に任せていた面倒な作業は、やり方がわからずとても苦労しました。引継ぎ用のデータやマニュアルがあるわけではなく、自分で一からイベントを作る感覚でした。人に頼るという事もできず、独学でやりくりし、自分で会場の雰囲気や、流れや動きを作っていました。同時にイベントの集客もやっていたので、本当に大変でした。辛かった。過去の参加者、協力企業への集客要請、他のメンバーのうごきの管理、イベント前日まで準備が終わらず、オフィスに泊まることはよくありました。当時週5以上で、大学に通いながら、バイトしながら活動していました。睡眠時間は平均3~4時間。5時間以上寝られたら幸せ、という状況。でも、イベントはうまくいっていたから、やりがいはあったし、少しだけ能力も上がっていて、満足感が勝っていたので大丈夫だったんですが。

 ついに僕はパンクします。イベントがうまくいかなくなってきたんです。人が集まらない。満足度が低い。今までの仕事にイベントの改善が追加されたんです。もう駄目でした。キャパオーバーを起こしたんです。忘れ物や仕事の抜けもれが多くなることに始まり、人との約束や時間まで忘れるようになってしまったんです。大学のゼミナール活動もどうやってサボるかを考えるようになり、どんどん自己肯定ができなくなっていきました。常に自分への期待の裏切りを自分自身がして、僕はダメなやつなんだ、仕事ができないバカだ、と自分を追い込んでいってしまいました。

 3か月後、僕は病院で、精神的疾患の恐れがある、うつ病傾向が継続しているから薬を出す、と診断されました。

 長くなってしまったので今回はここまでにします。続きは後日投稿しますので、次もぜひ読んでください。ここまで読んでくださった方、ありがとうございました。

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