「休まなくても疲れない人」と「休んでも疲れが取れない人」って何が違うの?
最近朝起きられません。
どうしてかなぁって考えてみたんだけど、ちょっとわかってきたよ。
早起きを始めた頃は「◯時に起きる!」っていう決意があったんだよね。
最近は「◯時に起こしてね♪iPhoneちゃん。」って完全に人任せスマホ任せ風任せ。起きれなかった時に「iPhoneのアラーム音ちっちゃくない?」とか思っちゃってるもんなぁ。そらぁ起きれんよね。
明日はアラーム無しで寝てみよう。そうしようったらそうしよう。
ということで、朝のnoteが更新できていなかったにっしーです。
自ら決意したことは、簡単に叶うけれど、人任せになった瞬間叶わなくなる。こんなことっていっぱいあるよねぇ。
今日はね、「休む」について書こうと思う。休むってなんだろう?
「休んでいたらダメになるよ!」って言われることもあるし
「休んだ方がいいんだよ!」って言われることもあるじゃない?
「積極的に休みなさい!」も正義な気がするし
「ここは踏ん張りなさい!」も正義な気がするじゃん。
「休んでも休んでも心が休まらない。」なんて人もいるんじゃないかな。
何が正しいのかわからなくなって、「休みたいのに休めない」人が沢山いるんだよね。というわけで、積極的に「休む」を考察しようと思います。
休むのってなんでだろう?とりあえず辞書で調べてみよう。そうしよう!
やす・む【休む】 の解説
[動マ五(四)]
1 仕事・活動を中断して、心身を楽にする。休息する。
「食後に一時間―・む」
2 動きや働きが止まる。
「河水の、…―・まずに、流れ流れ流れて」〈蘆花・自然と人生〉
3 眠るために床に就く。寝る。
「夕食後早めに―・んだ」
4 欠席・欠勤する。
「風邪で会社を―・む」
5 日ごろ続けてきたことをしばらくせずにいる。
「植木に水をやるのを―・む」
6 病気が治る。
「七年を逕 (わた) る間に、医薬方療して猶 (なほ) ―・まず」〈霊異記・中〉
ここでいう「休む」は1の意味だよね。
『仕事・活動を中断して、心身を楽にする。』
つまりその前には「心身が楽じゃない」状態があるってことだ。
この前提がね、あやふやだなぁって思うんです。
「仕事・活動」をしていると心身が楽じゃない。
って決めているみたいな気がするんだよね。
誤解を恐れずに言うと・・・・
「休みなさい」「休まねば」「休むべき」って言われて無理矢理休んでも、対して疲れは取れないし、そんなに楽にならない。
って思うんです。もちろんね心身共に限界が来るくらい活動している人なら、休んだ方がいいのは決まっています。でも、結構心身って丈夫なの。
ほんのちょっと働いただけで疲れちゃうこともあるし、バリバリ頑張っても全然疲労感がないこともあるじゃない?そこにヒントがあるんだと思うんだよね。
子どもたちってYouTubeが大好き。ゲームも大好き。
走り回るのも好きだったり、本を読むのが好きな子もいるよね。
大人から見ると、よく疲れないなぁって思うんだけど、夢中になってやり続けるじゃない?「休むべき」とか考えないよね。
「そんなんやりたいことやってるんだから当たり前じゃん」
って思った人。パンパカパン!!正解です。
人はやりたいことをやっている時は、どんなに活動していても疲労感を感じないんだ。つまり、心身の疲れというけれど、多くの場合は・・・心の疲れなんです。スポーツをバリバリやっていたり、肉体労働で身体を酷使しているんじゃなければ、疲れているのは心。だからね、本当は・・・休まなきゃやってられない「活動」の方を見直した方がいいんです。
やりたくないことをやらされると、すぐに疲れます。
やりたいことをやっている時は、全然疲れません。
ここに目を向けないと、「休む」の本質は見えてこないと思うんだよ。
逆にいうとさ。
休みたい時に休むと、疲れは取れます。
休みたくない時に、休まされても、疲れは取れません。
ってことでもあるじゃない?
大事なのは、自分が「やりたい!」って思って「やる!」って決めること。
「やりたくない!」って思っているのに「やるべき!」って決めちゃダメってことなんだよね。
学校がしんどい子にさ「休んでもいいんだよ。」って声がよくかかるんだけれど、それもちゃんと子どもと話した方がいい。「休みたいわけじゃないんだ」っていう場合もあるんだよ。
「やりたいことは何?」「やらされていてしんどいことは何?」
学校に通いたい!友達と遊びたい!でもしんどいこともあるんだ。ならしんどいことの解消をして、学校に通える環境を作ったらいいよね。
学校が辛い!通いたくない!なら、学校に通わなくても学べる場を見つけたらいい。
「やりたい」に沿って考えていくと見えてくる。
うちの娘ははっきりしていた、
「宿題に意味を感じない!」
「わかっている説明を聞き続けたり、わかっているのにわざわざノートに書いたりするのがすごく嫌。」
「やらなきゃならないことに縛られている気がする。」
「友達と遊ぶのは楽しいけど、それは学校じゃなくてもできると思う。」
学校の多くの活動に対して疑問を持っていて、合わなさを感じていて、辛いと思っていたんだ。
だから、彼女の思いに沿った。もちろんYouTubeの時間もゲームの時間も増えたけれど、彼女の「疲れ」は少しずつ取れていったよ。
でね「YouTubeやゲームが君のやりたいことなの?」
って聞いてみたんだ。そしたら
「うーん。やることないからやっているし、楽しいけど、やりたいことではない。」
じゃあ、何がやりたい?
「いろんな人としゃべりたい。あと自分に合った勉強があるならやってみたい。あとは、裁縫とか料理とかも!」
それで「オンライン家庭教師」を始めたり、
「小学生主催のZoomおはなし会『さくらルーム』」を立ち上げたり、
「たいわ室」に申し込んでコーチングを受けたり、
毎日自分で小さいぬいぐるみを作ってみたり。
そんなことを始めた。
元はと言えばしんどいことから「休む」と決めて一度離れたことで余裕ができたんだよな。親はつい心配になるけれど、やりたいと決めたやり始めた時は、勝手に走り出すんです。
大人もおんなじよ。
やるべきに縛られて辛い時は、一度やりたいことをやればいい。
そうしたら疲れ、飛ぶよ。
なんでもいいんです。映画を見るでもいいし、ゲームをやるでもいい。
スポーツもいいし、釣りだって楽しいよね。
もちろんソファで寝転がりたいのなら寝っ転がったっていい。
でね、もしできるなら・・・
日々やらなきゃならないことを、やりたいことに寄せていくといいよ。
小さなやりたいことを、仕事の中に作っていくんだ。
仕事の楽しい部分を見つけたり、誰かの喜ぶ顔を想像したり、辛くないシステムを作ったり。やりたいことが仕事の中に増えてくると、働きながら休めるんだよ。活動していることが辛いことじゃなくなっていくんだよ。
学校にやりたいことが多い子は、どんなにしんどいスケジュールにも対応できる。
学校にやりたいことが少ない子は、すぐに疲れてしんどくなる。
誰がよくて誰が悪いんじゃなくて、そういうことなんだよなぁ。
「休みたい」って思っている時こそ
「やりたいこと」にシフトチェンジできるチャンスなんじゃないかなぁ。
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