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逃げ場も自分で作る時代、だからこそ

「センター問い合わせ」

これはガラケーを使っていた世代であれば、ご存知の方が多いと思うが、簡単に言うとメールが届いているかをチェックする機能だ。

そのむかし(20年ほど前)、いまに比べると格段に電波が悪く、メールの送受信をリアルタイムでできないことが多かった。

例えば地下鉄に乗っていると電波が悪く自分へのメールが届かない状態になる。地下鉄から降りて、地上にでた瞬間に意気揚々とセンター問い合わせをしてみる。そして「受信メールは0件です」と画面に表示される。これがおおよその流れだ。

この機能には、だいぶ救われた。

何に救われたのか。それは問い合わせをしてメールがくることではなく(そもそもそんなにこないので)、返信がこなくても全て電波のせい、センターのせいにできたことだ。

思春期のメールなんて、常にドキドキだ。メールを送って、返信がないとソワソワしてしまう。だから何回もセンターに問い合わせをしてしまう。10秒おきにセンターに問い合わせをしてしまう。でも一向に返信はこない。

そんなときに、「あぁきっと相手にまだ届いていないんだな、きっと電波悪いところにいて、まだセンター問い合わせしていないんだなぁ」と思える。というかそう思うことで、なんとか平静を装っていた平成。

正直、おおかたの場合、届いていたと思う。私自身、センター問い合わせでメール来た回数はそんなに多くなかった(50回に1回ぐらい?)。電波が悪いとはいえ、わりとメールはちゃんと届いていた。でも、大事なのは、その50回に1回でも、届いていない可能性があるということであった。これは逃げ場であり、希望であった。

逃げ場があることで、わずかではあるが、息ができる。息詰まったなかで、一瞬、息継ぎができる。それがあるかないかはとても重要だ。ずっと張り詰めていると息をすることすら忘れてしまう。

いまの時代は、逃げ場がない。リアルタイムでつながることが前提になっている。自分で意図的に電源を切らない限り、つながってしまう。これはなかなか大変だ。返ってこないのを電波のせいにできない。せいぜい相手が見ていないんだなと思うしかない。でも相手が見ていないと思うのにも限度がある。というか相手が見ていないと思うよりも電波のせいにできたほうが気が楽だ。

システムというものは、基本的に無駄なことはなくして、効率化を目指している。それを積み重ねてできた、いまのリアルタイムで情報共有できる仕組みはとても素晴らしいことだと思う。文明の進歩だ。通信速度が遅く、1画面開くだけでもかなり時間がかかることもあったあの時代に戻りたいとは思わない。

ただ、むかしは、不便な環境が逃げ場を用意してくれていた。

それっぽい言い訳になってくれたのだ。

だが、いまは逃げ場は自分で作るしかない時代に突入している。

noteを書いていて、ガラケーでメールを送っていた時と同じような心境になることがある。「あれっ、投稿したけど反応がない、、ちゃんと投稿できていないのかもな、いやいやもしかしてスキが押せなくなっているのかも」とかって思うことがある。いや思うようにしてしまっている。が、それは空虚以外のなにものでもない。

実際ちゃんと投稿されているし、スキが押せないのではなく、シンプルにスキが押されていないだけだ。たまにはシステム障害でそんなことが起こるかもしれないが、そればっかりを言い訳にすることはできない。このリアルタイムで接続できる社会に逃げ場はない。

では、noteさんに頼んでスキ問い合わせ機能なんてものができたら、どうだろうか。スキは一度センターに預けられ、問い合わせることで確認できる機能だ。多少の逃げ場にはなるかもしれないが、それはそれでずっと問い合わせをしてしまう気もする。ガラケー時代の電波が悪いという言い訳まではいかなそうだ。

やはり、逃げ場は自分で作るしかない。

通知をオフにする、電源を切る、電波のないところに行くというのは1つの選択肢だろう。21時以降はスマホを触らないといった自分に課すルールもそうだろう。

この息継ぎを確実に入れる必要がある。

でも、なぜだろう、確実に入れるという言葉に息苦しさを感じてしまう。電源を切る、21時以降は触らない、どんどん窮屈になっていく感じもする。逃げ場を作るというより、作らざるを得なくなっている。

そんなこと言っても、この逃げ場がないと息継ぎできない。

なんとも息詰まる世の中だ。

でも、だからこそ、

逃げ場は楽しい場所にしたい。

スマホうんぬんとかではない気もしてきた。

「21時以降はスマホ触らない」というより

「21時以降は全力で好きな読書をする」のほうが良さそうだ

本気で好きなことをすると集中できる。

スマホどころではない、そんな時間が理想だ。

スマホを触らないと決めると、逆にその時間スマホを気にしてソワソワしてしまう。であれば、自分が楽しいと思えることを本気ですることが大事そうだ。

本気で読者がしたくて、スマホの電源を切るのはありだが、スマホの電源を切ることが目的になると、結局ソワソワして終わってしまう。

結局、スマホを触らないという意味では同じだ。

だが、逃げ場をいかに楽しくするか。

そっちのほうが気楽で、気軽で、窮屈ではない気がした。

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