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Kelly: 救世主のパン"Hallah"

皆さんは、「ハラ」(Hallah/Challah)というパンをご存知だろうか?ベーグルと同じく、Jewish Food (ユダヤ料理)である。それは三つ編みヘアースタイルのようなかわいらしいパンで、ユダヤ教徒が安息日や祝祭日に食べられる。アメリカではユダヤ系のベーカリーやデリじゃなくとも、おしゃれなパン屋さんでも並んでいる。

そんなインスタ映えするパンを教えてくれたのは、学生時代の彼氏。スポーツ記者をしていたイケメンで、優しくて自慢の彼氏だった。けれど散々浮気されて、別れた。思い出したくもない。

その後、生まれて初めての一人旅、バカンスて行ったイタリアのサルデーニャ島は、地中海にある大自然に囲まれた美しい島。夏のバカンスを楽しむヨーロッパの富豪がこぞってヨットで乗り付ける港は、格安航空券でやってきた庶民と一緒に賑わいを増していた。

こんな美しい島で一人ぼっち…と悲しむことよりも、サルディーニャ産の白ワインが飲めよ飲めよと言わんばかりの口当たりで、完全におひとり様を満喫していた。

滞在していたホテルは海沿いにあり、アルゲーロの街から少し離れた静かな場所にあった。ある日、いつものように午前中はビーチで寝そべり過ごした後、バーへ直行した。潮風が心地よく、そこからサルデーニャの美しい海が望めた。バーにはいつもいるカタルーニャ人バーテンダーのおじちゃんはお休みだったのか、その日はホテルの支配人が番をしていた。

カウンターには美しいシフォンのリゾートドレスを着た女性が座ってパソコンを開いていた。その女性はソフィーという大人かわいいフランス人だった。なぜこんな休暇中に仕事をしているのかと尋ねると、「観察中なの」とにっこり笑った。気になったので、私もそのパソコンを覗かせてもらうと、どこかのお店のレジ周りの映像だった。ソフィーはパリでブティックを経営していた。どうやら、従業員の働きぶりを監視カメラでチェックしていたらしい。

支配人と私はびっくりして、「そんなことして訴えられないの?」と聞くと彼女は全く問題ないと言うかのように首を振った。イタリアではアウトらしいが、フランスでは合法らしい。文化が違えば、国民性も異なる。同じヨーロッパの国でも人を守る法律は同じではない。

そこへ、大きな叫び声を上げながら、ゴージャスなバスローブにスリッパを履いたローマ帝国ジュリアス・シーザー風のとんでもない貫禄のおじさまが螺旋階段を下りてきた。そのシーザーはかなり怒っていた。

真っ赤な顔で支配人のところまで来ると、「厨房で、ハラを用意するようにいったのだが、通じなかった!俺は今日何を食べればよいのだ?」と訛りのある英語で怒鳴った。

支配人は全く慌てずに笑顔で、「何でもお好きなものを」と対応した。するとシーザーは「ブルータス、お前もか」とでも言うようにイライラしながら大きなため息をついた。キレかけのシーザーと、のんきな笑顔の支配人の温度差になんとかせねばと考えていた私とは正反対に、ソフィーは終始笑顔でそれを見つめていた。

そのシーザーおじさまの訛りのせいで理解するのに時間がかかったが、彼はユダヤ系で、金曜日の断食日用の夕食のパン、「ハラ (Hallah)」を探していた。

遠い記憶、あのイケメン不誠実彼氏の実家から金曜日のディナーに呼ばれ、「ハラ」を途中のパン屋で買って行ったことがある。ユダヤ教徒の人達は金曜日の日没から土曜日の日没の間に食べるという。

その怒り狂ったシーザーの代わりに、支配人にそのパンを説明すると、支配人は市内のデリカッセンを探し、配達の手配をした。

シーザーおじさまはとっても喜んで、突然ソフィーの肩を抱いた。ソフィーは、笑顔で「よかったわね」とでも言うように、おじさまの頬にキスをした。そこで分かったのは、彼はソフィーの年の離れた旦那様だった。

ソフィーの経営するブティックは、なんとパリの一等地、シャンゼリゼ通りにある。彼女の夫の金曜日のパンを用意できたことで、それ以来、パリに行くたびに私はその高級ブティックに顔パスで入れることになった。何も買わないくせに、シャネルスーツやルブタンの靴に囲まれて、タダでエスプレッソが飲めるようになった。

*****

ハラ」"Hallah"は私にパリでの「タダのエスプレッソ」をもたらしてくれただけではない。

あるとき、私の元生徒の一人から珍しく電話がかかってきた。その子は超エリート集団の集まる某有名会社で働いていた。
「先生、助けてください!」
アメリカ人の顧客との商談があるらしいが、アメリカのエリート層は上から目線で交渉にならないらしい。何とか上手に懐に入る手立てを教えてほしい、とのこと。

その相手のクライアントの親玉は、ユダヤ系で、ライバル会社の某大手メーカーの名前を出して、「彼らはこの条件飲んでくれたけど、君たちはどこまで譲ってくれんの?」と迫ってくるらしい。

懐に入るとは言ったものの、アメリカでは対等にならなければ、商談はうまくいかない。特にこの最初から優劣をつけている固定観念のあるタイプ、まさにアメリカのアッパークラスの人たちは、懐に入るよりも、「自分も同じグループですよ」、「なんならあなた方よりも少し優秀ですよ」と証明することができればうまくいく。要は相手を同じ仲間として認め合える(respect)存在になること。だからこそ、言語的、文化的、道徳的に劣ってはいけない。

それでは…
① まずは同じ釜の飯戦法。都内で1番有名な「ハラ」を探すこと。
② さらにユダヤ系の祝祭日には必ずカードを書くこと。間違ってもクリスマスカードを書くなんてありえない。
③ アメリカの90年代TVドラマ、"Seinfeld"を見て英語を学ぶこと。

半分冗談で言ったアドバイス(特にSeinfeldのとこ)だったが、真面目な私の元生徒は、金曜日にあった商談の日に「ハラ」を持って臨んだ。上司の進めた上品なお菓子の手土産ではなく、ビニール袋に入った焼き立てのパンを片手に相手陣地に乗り込んだのだ。

結果、なんと話が弾み、母国離れたその親玉の「唯一分かり合える友達」になってしまった。今ではその子を通さないと仕事の話が進まないらしい。

ハラ」のお陰で、おじさんのお気に入りになってしまったことが良いのか悪いのかは別として、少なくともこの国の国益を守ったとしておこう。

と…いうことは、

あのろくでなし彼氏も一応役に立ったということか。私の「パンの雑学」が二度も、誰かのためになることがあるのだなと思うと、なんだか少し元カレを許してやっても良いかなと思えてきた。

いや、彼ではなく、「ハラ」"Hallah"なのだ。間違いなく、ハラは救世主だ


*****

10月7日、イスラム原理主義組織ハマスが、イスラエルに向けて500発のミサイル攻撃した。イスラエルのネタニアフ首相は戦争の始まりだと述べた。現地では安息日の最終日、土曜日の朝、ユダヤ教の人々がハラを食べていた人もいるだろう。新たな場所で、また戦争が始まる。イスラエルの人々だけでなく、パレスチナの人々、もちろんウクライナも含め一人でも多くの人達に、安心で穏やかな日々か戻ってきますように。

Love & Peace,
Kelly

*picture by "The Nosher"@JewishFood


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