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単巻マンガのススメ

こんにちは、漫画家のうえはらけいたです。
先日note主催の「漫画を語る会」というzoom開催のイベントに参加したのですが、これがもう、名作紹介のオンパレードすぎたので、それに触発されてこの記事を書いています。

このイベント、noteの深津さん(noteの偉い人。こんなしょうもない記事が書けるのも彼のおかげ)とマンガサービス・アルのけんすうさん(アルの偉い人。というか社長。創造主。アルで面白い漫画を見つけられるのも彼のおかげ)という稀代の漫画好き2名が、ひたすらに良作マンガを薦めに薦め続けるというもの。数えてみたら1時間に約80作ほどが紹介されていたので、およそ45秒に1本のペースでマンガが薦められていたわけです。もはやエンタメわんこそば。見ているこちらも消化するのに必死です。

※その時の映像はこちらにアーカイブされています↓


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さて、僕はマンガを描くのも読むのも好きなのですが、このイベントであまり語られていないマンガのジャンルが1つあるな、と思い筆を執りました。それはズバリ、1巻完結マンガ。いわゆる「単巻マンガ」です。単巻マンガってあんまり聞き慣れないですよね。はい、今ぼくが作りました。かっこいいでしょ、単館映画みたいで。

この単巻マンガ、マーケティング上あまり大規模にプロモーションされることが少ないので、マンガ業界ではマイナーな属性のものと捉えられがちですが、僕は個人的に様々なメリットを秘めた名作の宝庫と思っています。

メリット①:
中・長規模のストーリーが最小単位で完結しているので、物語の完成度の高い作品が生まれやすい
メリット②:
どんなに読むのが遅い人でも数時間で読み終えられるし、気の済むまで何度でも読み返せる
メリット③:
「それ完結してんの?完結してから読みたいんだよなー」「今から○○巻も買い揃えるのもなぁ…」みたいな話にならないので、他人に薦めやすい。

時々、お金を持ってる人たちがヒットマンガを10巻分くらい無理やり一本の映画にしたりしますが、じっくり映像化するのにベストな分量は、映画1本=マンガ1冊分くらいなんじゃないかな、と個人的には思っています。裏を返せば、Netflixで映画一本見るのと同じような感覚で、短時間で一つのストーリーに没頭できる単巻マンガは、今の生活様式にも合っているのかも、とか思ったりします。

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というわけで最後に、ぼくのオススメの単巻マンガを紹介します。一部手に入りにくいものなどありますが、知り合いの方は言ってくれれば貸します。(それか漫画喫茶で探してね。)


1.ストロボライト/青山景

僕くらいになると、この作品名を聞くだけで、「ストロボライト…」と呟きながら宙を仰いでしまう。それくらいに、胸の深い所に刻み込まれているのがこのマンガです。

小説家を夢見る青年・浜崎と、かつて天才子役だったミカ。二人は大学の同じサークルで出会い、ほどなくして付き合い始める。そのきっかけは、ミカが出演していた伝説的映画作品「Q9」。この映画は浜崎が盲信的に敬愛している作品でもある。自分は現実のミカが好きなのか?それとも映画に登場する役としての彼女が好きなのか?それがわからなくなり、葛藤する浜崎。しまいには映画と現実の境界が徐々に曖昧になっていき、その混乱の渦に読者は巻き込まれていく。

青春と、情熱と、ファンタジーと。それぞれがこの上なく最適な配合で混ざり合わさっている、のが、これ。学生時代の苦い恋愛体験を思い出して身悶えしながら、それでも前向きな気持ちになる、奇妙な読後感をもたらしてくれることでしょう。青山景さんの最高傑作だと思います。


2.外天楼/石黒正数

外天楼?って短編集じゃないの?なんとなく知っている方はそう言うかもしれません。しかし、違います。これは精巧に短編集の皮を被った単巻マンガなんです。これぞ石黒マジック。

そこには「外天楼」と呼ばれる複雑怪奇に入り組んだ団地が有った。ある住人の少年たちはゴミ捨て場でエロ本を漁り、ある少女はロボットと二人きりの生活を営んでいたりする。紋切り型の密室殺人事件が起きたかと思えば、怪しげなマッドサイエンティストが出入りする姿が目撃されたりもする。前半は、それぞれの住人によるドタバタ劇が繰り広げられる。しかし後半にかけて、別々だったそれらのストーリーが撚り合わさり、一つの真相へと収束していく。外天楼に隠された秘密とは 。

見どころはもちろん怒涛の伏線回収なのですが、シンプルに1話1話の完成度が高いので短編集として気楽に読むのにも十分な作品です。前半はおちゃらけドタバタ漫画の顔つきをしておきながら、後半にかけてどんどん神妙なストーリーになっていく緊張感も魅力。まるで、いつも飲み会ではヘラヘラしてる同期が、仕事で一緒になったら思いのほか真面目だわ、頼れるわでメロメロになっちゃう、あの感じ。(違うか?)


3.ひみつの箱/石坂啓+堀田 あきお

(失礼は承知の上なのですが)僕は今までこの作品を知っている人に会ったことがありません。でもコレを知らないのは、本当に勿体ないと胸を張って宣言できます。たった1つの冴えたアイデアを中心に、ここまで美しく描かれた群像劇を、僕は他に知りません。

子供のころ、ある事故に巻き込まれて見た目の成長が止まってしまった、主人公・ワケアリくん。だから32歳の今も、見た目は小学生のまま。彼は、人と顔を合わせる必要がないWEB事業で生計を立てることに成功したが、事故の後遺症で余命がもう長くないと宣告される。彼は失われた青春を取り戻すため、初恋の女性が働く小学校に子供のフリをして通い始める。秘密で塗り固められたワケアリくんが、様々な事情を抱えた同級生たちと出会い、少しずつ心を開いていく。

「大人でも子供でも、誰にでも秘密はある」というシンプルなテーマのオムニバスストーリーなんですが、どのエピソードも漏れなく切なくて、愛せるものばかり。普段はマンガを読みながら泣くことなんてあまり無いんですが、僕も「ひみつの箱」には泣かされました。「ツーーッ」っていう頬伝い系の泣き方ではなく「ボタボタ」落ちる号泣系の泣きで、です。たった1巻でも、人を泣かせることはできる。その事を、身を持って知らされた作品です。


4.インターウォール/佐々木充彦

インタウォールはマンガではありません。絵を使った純文学です。描かれているものが暗喩的なモチーフばかりなので、正直この作品を半分も理解できている自信がありません。でも(だからこそ)何度も読み返してしまう。そんな奇妙な魅力のある作品です。あと、全編フルカラーで1ページ1ページがデザインされているので、めくっているだけで目に楽しいです。

いつの日からか、朝が来ることがなくなった町、川辺町。その河沿いに佇む巨大商業施設「リバーサイドシティー」が物語の舞台となる。主人公の「僕」は、リバーサイドシティーのエレベーター管理会社に勤める平均的な青年。彼は偶然カフェで出会った「編星」と名乗る女性と恋に落ちるが、直後に起きた殺人事件とともに、編星さんは姿を消す。消失した編星さんを探すうち、彼は世界を裏から操るデータベース「インターウォール」の存在に気づき始める。

起きてることは無茶苦茶なんだけど、何故だかやたらと感動する夢を見たことはありませんか?インタウォールを読んでいる時間は、あの感覚に極めて近い。あと、マンガのめちゃくちゃ良いシーンって、読んでいてBGMが聞こえてくることがありませんか?インターウォールのラストシーンでは、この現象が必ず起こります。それくらいに、情動に訴えかけてくる美しさがある。仕事に疲れて自分が迷子になっちゃった人には必ず読んでほしい一冊です。


5.花と頬/イトイ圭

最後は去年出たばかりの、比較的新しい作品です。他の4冊と違って、ファンタジーナシのシンプルな日常劇ですが、とにかく出てくる人々が愛おしい。交わされる会話の一つ一つが愛おしい。なぜ是枝裕和はこの作品を早く映画化しないのか?それだけが疑問です。

同じ高校に通う八尋と頬子。それまで特に接点のなかった二人だが、ある日自習室で向かい合わせに座ったことをきっかけに、ルーズリーフに文字を書き記して、静かに言葉を交わすようになる。少しずつ距離を近づけていく二人。しかしある日、八尋は、千尋が、大好きな歌手の一人娘であることを知る。付かず離れずを繰り返す二人の、少しだけ切ないひと夏の物語。

あとがきには「この作品にはドラマチックな出来事や大きなハプニングが無いので、マンガとして成立していないと、連載前に他誌の編集者に言われた」と書かれています。しかし「何も起こらない作品に心を救われる人もいる」ということを、「花と頬」は見事に証明しました。しかも、2巻、3巻…と、続けようと思えば続けられる内容にも関わらず、1巻完結でスパッと終えている所も素敵です。何故だか上手く説明できませんが、この作品はぜひ紙で読んでほしいです。


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さて、ここまで、まるで単巻マンガの第一人者のような顔つきをして偉そうに語って来ましたが、実を言うと僕はそんなにマンガに詳しくありません。ですので、次はあなたの番です。ぜひ僕に、みんなに、あなたの好きな単巻マンガを紹介してください。そしてこの「単巻」というマンガカテゴリーをもっとメジャーな物にして、せめてBRUTUSで特集されるくらいの地位には持っていきましょう。

あと!もし今回の記事の評判が良ければ、次は「上下巻マンガのススメ」を書こうと思います。最後までお付き合い、ありがとうございました!

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